嘘から始まった依頼
その相談は朝一番にやってきた
朝のコーヒーを一口啜った瞬間、事務所のドアがバタンと開いた。ヒールの音と共に、目の覚めるような服装の若い女性が駆け込んできた。肩で息をしながら、「婚約者のことでご相談が……」と言うその瞳は、不安と疑念に満ちていた。
見えない何かに怯える依頼人
彼女の名は中山ユリ。話を聞くと、最近になって彼氏の行動に不審な点が増えてきたという。登記簿の名義変更を理由に彼の提案で土地の一部を彼名義にしたが、その直後から彼の連絡が途絶えたという。まるで狐につままれたような話だった。
登記申請に潜む影
婚約者の名義変更の謎
中山さんが提出した資料を確認すると、確かに名義変更は正しく登記されていた。しかし、その申請書類には妙な点があった。通常は添付すべき委任状の書式が、古い様式でしかも押印が異常に薄い。まるで何かを隠そうとしているかのようだった。
サトウさんの違和感
パソコンに向かっていたサトウさんが突然手を止め、「この登記識別情報……どこかで見たことあります」と呟いた。彼女の鋭い記憶力は、時に警察犬よりも頼りになる。僕が探していた違和感の正体に、彼女はすでにたどり着いていたらしい。
失踪と携帯電話
届かない着信履歴
婚約者の携帯には何度かけても繋がらない。中山さんは既に警察にも相談したが、「大人の失踪」は緊急性が低いと相手にされなかったという。僕は嫌な予感を抱えながら、彼がかつて登記に関わった物件を洗い出すことにした。
元彼女の証言
調査の途中、彼の名前が過去にもトラブルに関わっていた事例が浮かび上がった。元交際相手という女性が「彼は優しかったけど、常に嘘をついてた。名前も住まいも全部」と証言。まるで某怪盗漫画の変装名人のようだ。これはただの恋愛トラブルではない。
裏切りの登記簿
見落とされた所有者欄
彼が使っていた名義は実は第三者のものであり、司法書士の資格すら偽っていた可能性が高い。登記簿の隅にある付記登記に、本来の所有者が一瞬だけ戻されていた痕跡があり、それが決定的な証拠となった。
抹消されたはずの借名人
まるでサザエさんの中島くんのように、どこまでも影が薄いその名前は、何度も名義から消えては現れていた。実在するのかすら怪しい。だが、その正体が判明するにつれて、僕の背中に冷たい汗が流れた。まさかここまで巧妙に仕組んでいたとは……。
真実に迫るサトウの推理
つぶやきが導いた伏線
「この男、他の人の登記識別情報を複数使ってる。これ、連続詐欺ですよ」サトウさんの言葉に僕は目を見張った。彼女が保管していた過去の依頼記録と照合すると、確かに同じパターンの依頼が複数回確認された。全部、女性依頼人ばかりだ。
やれやれ、、、結局こうなるのか
男はすでに国外へ逃亡していたが、サトウさんの働きで口座凍結と不正登記の訂正手続きが進んだ。依頼人の涙を前に、やれやれ、、、またしても正義の味方ごっこかと自嘲する。でも、こんな自分でも誰かの役に立てるなら、それでいいのかもしれない。
彼が語ったもうひとつの顔
本当の嘘と嘘の真実
後日、中山さんに届いた一通の手紙には、「君といた日々だけは本物だった」とだけ書かれていた。それが真実なのか、また嘘なのかはわからない。ただ一つだけ確かなのは、登記には彼の「本名」が一度も登場しなかったことだ。
事件の結末とその後
司法書士としての矜持
事件を通してまた少しだけ司法書士としての重みを噛みしめた。地味で日陰者のようなこの仕事にも、誰かを守る力がある。サトウさんは相変わらず無表情で「次はもっと厄介なのが来そうですね」とだけ言った。
それでも仕事は続いていく
翌朝、机の上には新たな依頼の書類が積まれていた。やれやれ、、、休む暇もない。だが、この退屈でどこか滑稽な日常が、僕の人生の真実なのかもしれない。さあ、次の謎解きが始まる。