朝の静寂と未着の違和感
その朝は、いつもと何ら変わらぬ静けさだった。事務所に差し込む光が、ただ眩しいだけで心を温めることはなかった。届いているはずのメールが、どこにも見当たらないということを除いては。
「完了通知が届かないんですよ」と依頼人が電話口で訴えてきたのは、午前九時を少し回った頃だった。登記は確かに終わっているはず。完了確認書も法務局から受け取っていた。それなのに。
通常業務に潜む不穏な空気
普段は見逃してしまうような小さな違和感。だが、この事務所ではそれが命取りになることがある。サトウさんは無言で端末を操作し、冷静に送信履歴を確認していた。
彼女のタイピング音が、やけに響く。僕はただ椅子に腰掛けながら、内心の不安を隠せずにいた。「あのな、こっちは忙しいんだ。メール一通ぐらい自分で探してくれよ」……とは言えない小心者の僕がいた。
メールサーバは沈黙したまま
プロバイダの管理画面を見ても、障害情報はなかった。迷惑メールにも入っていない。サトウさんは淡々と、「そもそも、送信された記録がありません」と告げた。
「え、送ってないの?でも完了してるよ?」僕の声が、ちょっとだけ裏返った。サトウさんは、いつものように無表情でこう言った。「確認書の送信は……人間の作業ですから」
サトウさんの冷ややかな推理
「この案件、ちょっと特殊ですね。申請者のメールアドレス、見てみてください」サトウさんが指差したモニターには、見慣れない文字列があった。
確かにいつもの依頼人のものではなかった。登記識別情報の通知先は……別の人物だ。「これは……別名義?いや、まさか偽装?」背筋に冷たいものが走った。
着信履歴と発送記録の食い違い
ログを精査していくと、登記完了日の翌朝、外部からシステムへのアクセス履歴があった。「これ、誰のIP?」と僕が聞くと、サトウさんは鼻で笑って答えた。「依頼人のではないです」
まるでコナンくんのような冷静さだ。「つまり第三者が…?」僕の声に、彼女はうなずいた。「送信を阻止したんでしょう。つまり、メールが届かないのは偶然じゃない」
自動送信のはずの通知がない理由
通常、登記が完了すれば自動で通知メールが依頼人に送られる。しかし今回は、送信設定そのものが手動に切り替えられていた。しかも切り替えたのは、完了の1時間前。
僕は思わず叫んだ。「誰がこんな設定したんだ!」。それに対しサトウさんは「司法書士のあなたです」と一言。……記憶に、ない。
依頼人の焦りと謎の再送要求
午後、依頼人から再び電話が来た。「まだ届かないんですが…できれば直接プリントアウトして持ってきてもらえませんか?」
やけに慎重な態度。そして「メールは困る」という妙な強調。これは何かある。いや、絶対ある。やれやれ、、、本当に僕は、また変な案件を引いてしまったらしい。
完了の確認ができないという訴え
「会社で確認できないんですよ、システムが特殊で…」依頼人はそう言った。だが、実際にはその会社はGmailベースの汎用システムだった。
嘘だ。絶対に何かを隠している。いや、すでに何かが起きている。僕はようやく、本当の意味で事件の匂いを嗅ぎ取った。
法務局と送信システムの狭間で
法務局に問い合わせた結果、提出された申請書の控えには、確かに異なるアドレスが書かれていた。しかも、筆跡は本人のものではない。
「筆跡鑑定でも依頼します?」とサトウさんが真顔で言う。まるでキャッツアイの怪盗が微笑むように。その言葉が冗談なのか本気なのか、僕には分からなかった。
届かぬメールともう一つの疑惑
そもそも、何のために通知を妨害する必要があったのか。考えた末に浮かんできたのは、名義変更のタイミングだった。
通知を遅らせることで、何かを先に動かそうとしていたのではないか?例えば、誰かの資産を……。
無関係に見えた別件登記の影
別件で処理していた登記記録の中に、同じ住所が記載されていた案件があった。まさかと思って確認すると、今回の依頼人が、そちらにも関係していたのだ。
二つの登記が、一人の人物を交差点のように挟み込んでいた。その間隙を縫って、何かがすり替えられようとしていた。
アクセスログが示す奇妙な時間
サーバのログには、深夜三時に発生した不可解な操作記録があった。しかも、その時間帯、僕は……酔って寝ていた。
つまり、その操作は僕ではない。じゃあ誰が?ログインIDは、確かに「shindou45」になっている。これは完全にやられている。
思い込みを崩した決定的な一言
「司法書士って、本当にメールアドレス確認してます?」とサトウさんがぽつりと言った。それは何気ない一言のようで、僕の頭を打ち抜いた。
依頼人から預かった書類を、そのまま信用していた。……まさか、最初から、仕組まれていた?
シンドウのうっかりとサトウの閃き
ああ、まただ。僕のうっかりが、また事件の核心を見逃していた。やれやれ、、、元野球部なのに、スコアブックだけ見て試合の流れを読み間違えていた感じだ。
そのとき、サトウさんが決定的な情報を見つけた。「このIPアドレス、依頼人の兄の会社のものです」
たった一桁の違いがすべてを狂わせた
提出書類に書かれたメールアドレスは、依頼人の本物と一文字違い。つまり、偽装された通知先だったのだ。
その一文字が、すべての連絡を闇に葬っていた。見落とした僕は……プロ失格かもしれない。でも、それでも最後に気づけた。それだけは、少しだけ誇ってもいい。
犯人は誰かそして何を隠したのか
犯人は、依頼人の兄だった。財産分与をめぐって、登記内容を故意に操作し、通知を遮断することで妹に気づかせないようにしていた。
だが、司法書士シンドウとサトウさんの連係プレーが、それを阻止した。うん、たまには僕も役に立つ。
名義変更とメール送信の接点
兄は勝手に申請書を差し替え、妹に知られずに不動産の名義を移そうとしていた。しかし、完了通知が送られないことで、妹は不安になり、僕のところへ確認を求めてきた。
皮肉にも、その疑念こそが真相を暴く鍵になった。
サーバ障害の裏に潜む人為的ミス
表向きには、システム障害とされていたが、その実は人為的な意図によるものだった。兄は、妹がシステムに疎いことを逆手に取ったのだ。
だが、妹には冷静な司法書士がついていた。……と、ここだけ書くと僕が格好良く見えるな。
サトウさんの推理が全貌を明かす
「これ、全部合わせると、立派な証拠になりますね」とサトウさんが言った。その声には、わずかに勝ち誇った響きがあった。
こうして、通知メール一通の失踪から始まった事件は、財産を巡る家族間の争いへと姿を変え、静かに幕を閉じた。
アカウント偽装と証拠の保存日時
全データは証拠として保全され、兄には司法的な処分が下ることとなった。妹は涙ながらに感謝してくれたが、僕の心は複雑だった。
やっぱり、うっかりじゃ済まされないこともある。次はもっとちゃんと……確認しよう。
依頼人が語らなかったもう一つの理由
妹は、兄と連絡が取れなくなっていたことを僕には隠していた。家族の問題は、いつだって表に出にくい。
だからこそ、我々のような存在が必要なのだ。人と人の間に潜む「沈黙」に、耳を傾ける存在が。
真相とやれやれな結末
「やれやれ、、、今日はラーメンでも食って帰るか」夕暮れの商店街を歩きながら、僕はひとりごちた。
隣ではサトウさんが、スマホを見ながら「カロリー高すぎですよ」と塩を撒くような声で言う。……いいんだ、たまには報酬代わりに好きなものを食べたって。
司法書士シンドウの小さな活躍
今回の事件で、一つだけ確信を得た。僕はまだまだ頼りないが、それでも人を守るために、この仕事をしているんだと。
そして、どんな小さな違和感も、真実への入り口になりうる。次こそは……うっかりしないぞ。たぶん。
そして今日もサトウさんは塩対応
「この資料、明日朝イチでお願いしますね」そう言って、サトウさんはさっさと帰り支度を始めた。今日も僕は、残業確定である。
やれやれ、、、名探偵は現場に残るタイプって、昔ルパン三世の銭形警部も言ってたような気がするな。……違ったかもしれないけど。