合筆された地図は語らない

合筆された地図は語らない

合筆された地図は語らない

古びた登記簿に残された違和感

棚の奥から引っ張り出された、茶色く変色した登記簿の写し。開いた瞬間、微かな違和感が胸に引っかかった。筆界線の記載が、明らかに不自然に曲がっている。線が、何かを避けるように曲げられていた。

「ここの線、どう思います?」そう訊かれても、即答できない。経験則が警鐘を鳴らしているのに、記憶と書類が一致しない。やれやれ、、、また厄介な案件がやってきた。

山間の村から届いた一本の電話

午前11時、事務所の電話が鳴った。相手は山間の小さな村に住む初老の男性。開口一番、「合筆したいんだがね、先生」と言う。地目は山林。だが、合筆には登記簿以外の事情が絡んでいる気がした。

「それ、いつ頃分筆されたものですか?」と訊いても、相手は「そんな昔のこと覚えとらんよ」と笑って答えた。ただ、言葉の端に、何かを隠しているような空気が漂っていた。

声の主は境界に怯えていた

翌日、車で2時間かけて現地を訪れた。山道を抜けた先にあったのは、今にも崩れそうな古民家と、竹藪に囲まれた斜面。声の主は、顔を合わせた途端に「境界線をめぐって、揉めたくないんだよ」と口にした。

それはつまり、既に誰かと揉めた過去があるということだ。だが、その相手の名を訊いても、はぐらかされるばかりだった。代わりに出てきたのは、一枚の手書きの地図だった。

サトウさんの冷静すぎる推理

事務所に戻って、サトウさんに地図と登記簿を見せた。パラパラとページをめくった彼女は、数秒の沈黙のあと、淡々と口を開いた。「これ、昭和の旧測量基準の線ですね。今の登記情報と一致してません」

「ってことは?」と俺が訊くと、「つまり、登記の境界と実際の使用実態がズレてる。それに気づいてて、黙ってるってことです」と冷ややかに言った。相変わらず冷静というか、怖いくらいだ。

シンドウのうっかりが偶然を呼ぶ

資料を整理しようと紙を束ねた瞬間、地図の裏に何かが貼り付いているのに気づいた。古い納税通知書だった。「あれ?これ、合筆されたあとの日付だな」とつぶやくと、サトウさんがふと顔を上げた。

「そこに答えがあるかも」そう言われてよく見てみると、通知書の地番に、登記には存在しない番号が書かれていた。まるで、別の世界の地番のように。

筆界未定の謎と消えた測量図

法務局で調べても、その地番に該当する地図が見つからなかった。職員が困り顔で「もしかしたら、筆界未定地として、地図から外された可能性があります」と答えた。つまり、地図に載っていない土地があったということだ。

「地図が語らない土地」その言葉が頭の中に居座った。もしかしてそれが、あの男の恐れていたものだったのかもしれない。

合筆しますかの囁きが意味するもの

再び男を訪ねて問い質すと、彼はしばらく黙ったあと、ぼそっと言った。「あの土地に、人が埋まってるって噂があってねぇ。登記に載せたくなかったんだよ」

やれやれ、、、地図じゃ語れないものがあるらしい。そう思いながら、俺は静かに合筆の申請書を差し戻した。

かつての名義人と空白の十年間

登記簿を再調査してみると、その土地の名義人は10年前に死亡していた。だが、相続登記はなされておらず、誰も名乗り出ていない。その空白の十年、何があったのか。

サトウさんがぽつりとつぶやいた。「つまり、誰も関わりたくなかったってことじゃないですか」

地主が握り潰したもう一つの契約書

再度訪問した際、古い箪笥の奥からボロボロになった封筒が出てきた。中には、未提出の合筆契約書が。署名も捺印もされていたのに、提出されていなかった。

理由を訊くと、男はこう言った。「提出したら、あの地番が消えちまうだろ。それじゃあの人の痕跡も、なかったことになる」

やれやれ、、、俺の野球部魂がうずく

「それ、つまり供養のつもりってわけか」と俺が言うと、男はうなずいた。なんとも面倒な話だ。だが、そんな人間臭さに触れると、俺の野球部魂がうずく。逃げるより、ぶつかった方がスッキリする。

「じゃあ、俺が一筆書くよ。登記とは別に、記録を残す方法もある」そう言って、俺はペンを握った。

サザエさんじゃないんだからとサトウが呟く

事務所に戻って経緯を説明すると、サトウさんがため息まじりに言った。「サザエさんじゃないんだから、感情で動かないでくださいよ」冷たくも、どこか呆れたような声音。

でも俺にはわかっていた。彼女の目が、「よくやりましたね」と言っていたことを。

解けた謎と割れたカップの理由

その日の夕方、ふと事務所の湯呑みが割れていた。サトウさんは「地震でもあったんじゃないですか」と言ったが、もしかすると、誰かが成仏した合図だったのかもしれない。いや、考えすぎか。

やれやれ、、、オカルトまで背負うつもりはないんだけどな。

登記簿が語る人間模様の影

法は線を引くだけだ。でもその線の裏には、人の事情がある。泣いたり笑ったり、忘れられたりした影が、登記の隙間に息づいている。司法書士はその声を聞く者だ。

今日もまた、そんな影に振り回されて、気づけば夜になっていた。

合筆申請書の筆跡が導いた真実

後日、再度送られてきた合筆申請書には、違う筆跡があった。それは、死亡した名義人の娘のものだった。彼女が現れ、土地の整理を申し出てきたのだ。

「父の名が、地図から消えないようにしたいんです」その言葉が、今回の結末だった。

あの土地には何も書いてなかった

最後に現地を訪れたとき、あの地番には、もう誰の名も書かれていなかった。だが、風の音が「ありがとう」と言ったような気がした。

地図は語らない。でも人は、記憶を通じて語り続ける。登記簿が閉じられても、物語は続いていくのだ。

静かに閉じられる地図の端っこ

俺は地図を丁寧に畳み、書類棚に戻した。窓の外では、蝉が一匹、力なく鳴いていた。夏は終わる。だが司法書士の仕事は終わらない。今日もまた、どこかで線を引く。

やれやれ、、、この線の先に、俺の幸せもあればいいんだけどな。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓