謄本に潜む二つの手

謄本に潜む二つの手

登記簿の違和感

「この謄本、なんか変です」
サトウさんが眉をひそめて、申請書を机に置いた。いつもの冷静な声に、わずかに警戒の色が混じっている。
僕はぼんやりとコーヒーを啜りながら、その紙を手に取った。

サトウさんの違和感から始まった

筆跡が途中で変わっている——確かに、目を凝らすと違和感があった。署名は同一人物のようでいて、力の入り具合や字の形に微妙な違いがある。
事務員の勘というやつは、警察犬より鋭い。僕が気づく前に、彼女はすでに「何か」を嗅ぎ取っていたのだ。
やれやれ、、、今日もまた面倒な案件になりそうだ。

筆跡が一通りではなかった

普通、委任状や申請書は一貫した筆跡で書かれる。しかし、この書類の「申請人」欄だけが、他と少し違うのだ。
まるで途中から別人が代筆したかのよう。
本人確認書類と照らしても、完全一致しない。僕は面倒だと思いつつ、調査を始めることにした。

依頼人は遺産相続人

「父の名義を兄が勝手に移した気がするんです」依頼人は肩を落とした表情で語った。
弟の口ぶりには、兄に対するわだかまりが滲んでいた。遺産相続というのは、親が遺したものを巡って子が骨肉の争いを始める舞台装置だ。
僕は昔読んだ金田一少年の事件簿のような展開を思い出した。

亡き父の登記を巡る兄弟

登記は既に兄の単独名義になっていた。
父が亡くなった後、遺産分割協議書もないまま、申請がなされた形跡がある。
しかも、その申請書には弟の名前と印鑑が「きちんと」載っている。あまりに「きちんと」しすぎていて、逆に胡散臭い。

争点は謄本にあった

問題は、謄本の添付書類——具体的には、委任状の筆跡だった。
弟は「こんな書類に署名した覚えはない」と言う。
それを裏付ける手がかりが、謄本に記載された提出書類一覧にあった。

照合された筆跡

筆跡鑑定の専門家に依頼をかける前に、僕は過去の登記記録を洗い直した。
旧登記簿、印鑑証明、本人確認情報——紙の束を前にして、僕の脳内はコナンくんモードに切り替わった。
「犯人はこの中にいる」と、頭の中で名探偵が囁いていた。

登記申請書と印鑑証明書の不一致

筆跡の違いは、申請書と印鑑証明書の氏名部分に顕著だった。
力強く流れるように書かれた印鑑証明書と、どこか震えたような申請書の署名。
それはまるで、手袋をした怪盗が筆跡を真似ようとして失敗したかのような違和感だった。

過去の登記簿から見つけた矛盾

数年前の贈与登記の申請書にも、同じ弟の名前があった。
だが、当時の筆跡と今回の筆跡は、明らかに一致していなかった。
「これ、兄貴が書いてますね」——サトウさんが無感情に言い放った。

筆跡鑑定という最後の手段

僕は筆跡鑑定士に書類を送りつつ、依頼人に事情を話した。
弟は驚いたような顔をしながらも、どこか納得していた。
兄の性格を思えば、やりかねないと思っていたのかもしれない。

まるで怪盗が変装を解くように

鑑定結果は明白だった。弟の名前で書かれた署名は、兄の筆跡と一致。
まるでルパンが仮面を外した瞬間のような、劇的な証明だった。
「やっぱり、、、兄さんだったか」弟は呟いた。

やれやれ、、、こんなところに落とし穴か

僕は報告書をまとめながら、軽いため息をついた。
登記というのは、紙と印で済むものだが、人の感情までは押印できない。
「登記簿に載らない気持ち」こそが、実は一番の動機になることもあるのだ。

兄の過去と意外な真相

兄は正式な委任を待たず、自分で書類を偽造した。
だが、そこに悪意だけがあったわけではないという話も、親族から聞こえてきた。
兄は父の介護を一人で担い、家を守ってきたというのだ。

偽筆は愛か策略か

たしかに、書類は偽造だ。
でも、その背景には「自分がこの家を守るのが当然だ」という執念があった。
それを愛と呼ぶか、欲と呼ぶか——それは登記簿に記されない真実だ。

動機は家の名義ではなかった

兄にとって、家の名義そのものよりも、「父の願いを叶える」ことの方が重要だったのかもしれない。
だが法は感情を汲まない。偽造は偽造だ。
僕はその間に立つしかない。

司法書士の報告書

筆跡鑑定の結果と、登記の問題点をまとめて、報告書を提出した。
それが法的にどう処理されるかは、僕の範囲外だ。
だが、偽筆を見抜いたことだけは、サトウさんの慧眼に感謝すべきだろう。

登記簿の正しさを守るために

僕たちの仕事は、書類の裏にある真実を掘り起こすことではない。
それでも、正しさに目をつぶるわけにもいかない。
この「正しさ」は、いつも人の心との間で揺れ動く。

サトウさんの一言で締まった一日

「シンドウさん、次はもっとシンプルな登記を選びましょう」
皮肉とも励ましともつかぬ言葉に、僕は苦笑いするしかなかった。
やれやれ、、、事件はいつも、紙の山から始まる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓