登記簿が暴いた屋根裏の秘密
朝の静けさと一本の電話
盆明けの朝、蝉の鳴き声がまだ残る事務所に、一本の電話が鳴り響いた。 「空き家の相続について相談したい」と男性の声。どこか急いていて、落ち着きがない。 電話を切ったあと、私は書類の山を睨みながら、うっすらため息をついた。
古びた家と見知らぬ依頼人
訪れたのは町外れの木造平屋。築六十年はくだらない佇まいだった。 依頼人と名乗る男は、ぼさぼさの髪にヨレたTシャツという格好で現れた。 「叔父が亡くなって、相続の手続きを」と、彼は曖昧に笑っていた。
消えた所有者と空き家の謎
登記簿を確認すると、所有者は十年前に死亡。 しかし相続登記はされておらず、その後の名義変更もない。 相続人も複雑で、男が言う「叔父」の記録は存在しなかった。
サトウさんの塩対応と冷静な分析
「この人、相続人じゃないですね」とサトウさんが言い放つ。 手に持った戸籍謄本と図面をさばきながら、彼女の目は鋭い。 私はといえば、冷たいお茶をこぼして慌てていた。
閉ざされた屋根裏と遺された封筒
家屋調査のついでに屋根裏を確認すると、小さな木箱が見つかった。 中には封筒と古い写真数枚。手紙には「この家を巡って争わぬように」と書かれていた。 まるでサザエさんの波平が、家族への思いやりを遺したような文面だった。
手紙に書かれたもう一つの相続人
封筒にはもう一人の名前があった。戸籍上確認できなかった女性の名。 それは、依頼人の言う「叔父」が生前付き合っていた女性の娘のようだった。 非嫡出子の可能性。ただし、それを証明するものがない。
噂話と昭和の登記記録
役場で話を聞くと、町の古老が「昔あの家に二人暮らししてた女の子がおった」と言った。 昔の地図、住宅台帳、そして昭和五十年代の手書きの備考欄。 「やれやれ、、、また昔話か」と私は頭を抱える。
真実を隠す元管理人の証言
さらに調査を進めると、以前その家の管理をしていたという高齢女性が見つかった。 「手紙?ああ、あれは娘さんに宛てたものでしょう。血のつながりもあったはずよ」 口頭証言とはいえ、裁判外での和解を導く鍵になる。
すれ違う兄妹と土地にまつわる執着
実子とされる男と、非嫡出子である可能性のある女性。 二人は顔を合わせると「相続放棄しろ」と応酬を始めた。 だが、その土地に執着していたのは女性のほうだった。
暴かれる遺言書の秘密
遺された封筒の底に、もう一通の便箋が隠れていた。 それは自筆で書かれた遺言書で、「家と土地は○○に譲る」と明記されていた。 日付と署名もあり、遺言能力の証拠として十分だった。
サトウさんの追い込みと証拠の決定打
「筆跡、こっちの遺言と一致します」とサトウさんが冷静に言った。 調査した印鑑証明や過去の契約書と照合した結果、全てが一致。 あとは遺言書の検認を家庭裁判所に申し立てるだけだった。
最後の鍵は表札の筆跡だった
私が最後に確認したのは、家の表札だった。 うっすらと手書きされた文字。それは遺言書と全く同じ筆跡だった。 「やっぱり、、、あの人が全てを見越していたんだな」と、私は呟いた。
解決後の余韻と午後のコーヒー
事務所に戻ると、サトウさんが既に次の案件の書類を整えていた。 「コーヒー、砂糖抜きでいいですね?」と問われ、うなずくしかなかった。 やれやれ、、、休む間もないとはこのことだ。
誰のための相続だったのか
事件は一応の解決を見たが、心には少しざらついたものが残った。 誰かのためを思って遺した家が、争いの火種になっていたという皮肉。 それでも、少しは「思い」が報われた気がしている。
次の依頼はまたも一筋縄ではいかず
「先生、次は境界未確定の相続登記です」 サトウさんが無表情で告げる。 私は机の上のカレンダーを見つめ、遠い目をした。