杭の先にあった嘘

杭の先にあった嘘

朝の測量立会いがすべての始まりだった

八月の曇天。蒸し暑さが肌にまとわりつく朝だった。現場は郊外の宅地分譲予定地。 土地家屋調査士、隣地の所有者、そして俺が呼ばれた理由は、わずか二十センチの境界線の確認。 どうでもよさそうな話だが、土地の売買となれば、それが命取りになることもある。

曇天のもとで交わされた無言の挨拶

「おはようございます」と言ったのは俺だけで、調査士は目も合わさず測量機をいじっていた。 隣地の爺さんは俺の顔も見ず、ぼそぼそと文句を垂れている。なんとも不穏な空気だった。 杭の位置は、目視でわかるくらいにずれていたが、誰もそれを口に出そうとはしなかった。

隣地の主張と調査士の曖昧な態度

「もともとはこっちだったんだ」と隣地の爺さんは頑として譲らない。 一方で調査士は「記録通りです」と言うばかりで、やたら目を泳がせていた。 その態度が、どうにも引っかかって仕方がなかった。

あの土地には触れてはいけない過去があった

俺の事務所に戻ったあと、いつものようにサトウさんに記録の整理を任せた。 すると彼女は無言で一枚の登記簿謄本を差し出してきた。 「これ、昔の登記の記録です。土地の形、微妙に違いません?」と、あくまで冷静だ。

図面の通りにいかない現実

見ると、昭和四十年代の登記図面では、今回問題になっている部分の境界が直線ではなく、微妙に折れていた。 「この図面通りだと……二十センチどころじゃなく、五十センチ近くずれますね」 俺の額から、じっとりと汗が流れ落ちた。

登記簿上の違和感に気づいたサトウさん

さらにサトウさんは、なぜか家屋番号の繰り上げが途中で止まっている点にも着目した。 「たぶん誰かが途中で測量結果を差し替えてる。理由は、お金か、面倒を避けたかったか」 言い切ったわけではないが、彼女の目は確信していた。

杭の位置が二十センチずれていた理由

再度現場に出向き、今度は俺もメジャーを持って計測してみた。 「こっちの杭は新しいな……しかも、こっそり補修してる」 それは、まるで誰かが秘密を隠すために、図面と杭の辻褄を合わせたような印象だった。

昔の境界確認書が語るもの

市役所の古い書庫で、境界確認書の写しを手に入れた。 そこには、「臨時確認による仮設杭設置」という文言があった。 つまり、あの杭は恒久的なものではなく、仮のものだったのだ。

沈黙する土地家屋調査士の表情

俺は再びあの調査士を訪ねた。 彼は最初は笑っていたが、例の確認書を見せると、しばらく沈黙した。 「俺は……命じられただけです。杭の位置を“今の図面”に合わせろって」

地主の一言がすべてをひっくり返した

その後、地主の依頼人にあたる人物から電話が入った。 「ちょっとしたズレなんて、どうでもいいじゃないですか」 どうでもよくないから、俺たちは呼ばれたんだと、思わず受話器を強く握った。

「あの調査士は信用できませんよ」

隣地の爺さんの発言が、今になって重みを持って聞こえてくる。 彼は過去にもあの調査士と揉めていたらしい。 「やっぱりあの人、何か隠してたんだな」と呟いた。

過去のトラブルと重なる構図

調べれば調べるほど、同じような事例が数件出てきた。 杭のズレ、曖昧な境界、黙り込む調査士。まるでテンプレートだ。 もはや偶然とは言いがたい。

俺たちは見逃してはいけない嘘を見た

本来、線を引く者は公正でなければならない。 だが彼は、依頼主の都合に合わせて線を曲げた。 その報酬が何であれ、俺たち司法書士が見逃してはならない嘘だった。

線引きの意味を問い直す瞬間

境界とは、人と人との間に引く見えない線。 それを操作することが、どれほどの波紋を呼ぶのか、改めて実感した。 「法務省の指針、舐めちゃダメですよ」と、サトウさんがぽつり。

境界線の先に隠された利益

そのわずかな面積に建てられるはずのもう一棟。 そしてその背後にいる建設業者。 見えない線の先にあったのは、金の匂いだった。

サトウさんが黙ってパソコンを叩き出した

「CADデータ、こっちです」 サトウさんは無言で画面を操作し、二つの図面を並べた。 「位置情報、少しずつズラしてます。完全に意図的ですね」

「この座標、過去の測量と違いますね」

彼女が指差した座標値は、五年前の測量と一致していなかった。 「なんで誰も気づかなかったんだ……」と呟いた俺に、 「気づいても、気づかないフリする人ばかりですよ」と冷たく返ってきた。

電子データに残された決定的な痕跡

修正履歴、ログ、保存日時。すべてが、改ざんの痕跡を示していた。 「こりゃ完全にアウトですね」とサトウさん。 俺は無言で、書類を袋に詰めた。

土地家屋調査士の沈黙の裏にあったもの

「生活があったんです」 調査士が最後に呟いた言葉が、耳に残る。 だがその言い訳が、誰かの権利を踏みにじっていい理由にはならない。

金か正義か 調査士が選んだ結末

依頼人の意向に従うことで、彼は仕事を得た。 だが、その代償として信用を失った。 彼が黙っていた理由は、弱さと、現実の重さだったのかもしれない。

隣人同士の境界よりも深い溝

本来なら笑って済むはずの土地の話が、ここまで尾を引くとは。 隣人同士のわずかなズレが、信頼を壊していく。 杭よりも、人の心のほうが厄介だ。

すべてがつながった時

俺は書類を法務局に提出し、改めて立会いを設定した。 今回のデータと証拠を整理し、公式に記録を修正するよう手配した。 システムの中で、正義が一歩だけ進んだ瞬間だった。

登記情報と測量データの一致

ようやく杭の位置が、登記と一致する状態になった。 「これが本来の姿ですよね」とサトウさんが一言。 俺は、ただ頷いた。

俺が出すしかない結論

「調査士には報告する。場合によっては処分も」 正直、気が重い。でもそれが、俺の役割だ。 やれやれ、、、俺は今日も、嫌われ役だな。

事件のあとに残る境界線と記憶

事件が解決しても、心のしこりまでは簡単に消えない。 俺は記録をまとめながら、しばらく考え込んでいた。 この仕事、正しければいいってもんでもないのが、つらいところだ。

境界は正されたが 人の心は

杭の位置は正された。だが、隣地の爺さんの顔にはまだわだかまりが残っていた。 「結局、俺の土地が削られたってことだろ」と吐き捨てたその言葉が重い。 数字では割り切れない感情が、そこにあった。

サトウさんが呟いた一言がすべてだった

「境界線って、線じゃないですよね。人と人との距離そのもの」 サトウさんは、モニターから目を離さずにそう言った。 俺はその言葉を、胸の奥に刻みながら、そっと頷いた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓