登記簿が語る隠された証明
不審な依頼人の登場
ある雨の午後、事務所に中年の男が現れた。濡れたコートに古びた書類鞄。口数は少ないが、やたらと登記に詳しい。 「この空き家の名義変更をお願いしたい」と差し出されたのは、黄ばんだ登記簿謄本だった。
渡された一枚の登記簿謄本
受け取った登記簿を眺めながら、違和感がぬぐえなかった。 所有者欄には、依頼人とは別の人物の名前。しかも、その人間は既に亡くなっているはずだった。 「この登記、何か変だな……」とサトウさんが呟いた。ぼくも同意見だった。
空き家の登記に潜む違和感
所有者欄の不一致
依頼人が主張する通りであれば、すでに相続登記は終わっているはずだ。 だが、登記簿上の所有者は五年前に死亡しているのに、名義はそのまま。相続登記がなされていない。 これは珍しくもあり、逆に怪しさを際立たせていた。
売買契約日が語る矛盾
「この売買契約書、契約日が登記簿の最終登記日より前になってるんですけど」 サトウさんがさらりと指摘する。ぼくは慌てて読み返した。 たしかに、登記より契約が先であるのは当然だが、日付が一年もズレているのは妙だった。
サトウさんの冷静な観察
物件所在地の謎
不動産の所在地が、実際の住所表記と微妙に異なっていることに気づいたのもサトウさんだった。 「これは…表札と違いますね。近所に聞いてきます」 彼女はすぐに現地確認に出かけ、写真付きで報告してきた。正しい地番とは異なっていた。
地番と家屋番号の落とし穴
登記の世界では、住所と地番が一致するとは限らない。 しかし、今回のケースでは地番も家屋番号もまるでバラバラ。 「やれやれ、、、こりゃ一筋縄じゃいかないな」と、久しぶりに頭を抱えた。
司法書士の調査開始
管轄法務局での照合
翌日、ぼくは法務局に足を運んだ。 原本と照合すると、依頼人の提出した資料には不自然な点が多すぎた。 一部の筆跡は明らかに最近書かれたもので、印鑑証明もコピーだった。
誰が嘘をついているのか
依頼人が何を隠しているのか、だんだんと見えてきた。 提出された遺産分割協議書も、署名の一部に違和感があった。 「全部グルってわけか。まるでルパンと銭形の攻防戦だな」と呟くと、サトウさんが無言でため息をついた。
遺産相続を巡る思惑
亡くなった兄の影
依頼人の兄が本来の相続人だったことが判明した。 しかし彼は生前、家を売却する意思がなかったという証言が残っている。 その兄が亡くなった直後に、弟が登記変更を進めようとしているのは偶然ではない。
登記簿に現れた旧住所
古い登記簿の中に、かすかに残された旧住所の記録。 それはすでに消されていたが、法務局のマイクロフィルムには残っていた。 そこに記載されていたのは、なんと現在の依頼人と異なる人物の名だった。
鍵を握るのは隣人の証言
空き家に出入りする人物
近所の主婦が語った。「あの人、毎週末来てたのよ。亡くなった後も鍵を使って…」 鍵を握るのは弟ではなく、別の親族だった可能性が浮上した。 「鍵を使えるってことは…」サトウさんが一言つぶやいた。
記憶の中の不動産業者
かつてその物件を仲介した不動産屋がまだ営業していた。 話を聞くと、契約書には依頼人の名前はなかったという。 「つまり最初から、登記を騙して乗っ取ろうとしていたのか」ぼくの声が少し震えた。
決定的証拠の入手
登記済証と印鑑証明の食い違い
依頼人が提出した登記済証には、偽造と思われる加工が見つかった。 印鑑証明の日付も不自然で、死亡後に発行されたことになっていた。 「完全にアウトですね」とサトウさんは冷たく言い放った。
サトウさんの一言で突破口が開く
司法書士が見落としていた事実
「先生、これ、字が一部だけフォント違いますよ」 そう言われて改めて見ると、確かにコピーした箇所だけ微妙にズレていた。 やれやれ、、、こんな単純なことを見落とすとは、ぼくもまだまだだ。
怪しい依頼人の正体
偽装相続のトリック
依頼人は、亡き兄の遺産を不正に手に入れようとする従弟だった。 偽装相続を装い、第三者に売却して現金化する計画だったという。 だが登記簿は、その嘘を黙って許さなかった。
事件の終幕
警察への通報とその後
依頼人は偽造と詐欺未遂の容疑で警察に引き渡された。 「登記簿ってのは、ほんと正直だね」と苦笑いするしかなかった。 事務所に戻ると、サトウさんがすでに次の書類整理を始めていた。
不動産の権利が戻るまで
正しい相続人への名義変更には、まだ時間がかかる。 だが司法書士として、そこまで責任を持って見届けるつもりだ。 「サザエさんの波平みたいに説教くさくならないように気をつけないとな」とつぶやくと、サトウさんが無表情で「もう手遅れです」と答えた。