仮登記簿に沈む真実

仮登記簿に沈む真実

仮登記の依頼人

午後の突然の訪問者

古びた事務所の引き戸が軋む音を立てて開いたのは、昼下がりの少し眠気を誘う時間だった。 背広を着た年配の男性が、書類を抱えて足早に入ってきた。 その様子はどこか切羽詰まっており、何かを必死に隠そうとしているように見えた。

土地の名義と不可解な点

「この仮登記を本登記に変えたいんです」と男が差し出したのは、十年前に設定されたまま放置された仮登記の資料だった。 書類をめくるうちに、私は思わず顔をしかめた。登記の目的が曖昧で、契約日と印鑑証明書の時期もズレていた。 この手の案件は一筋縄ではいかない――というのが、私の経験からくる直感だった。

謎の隠し書類

倉庫に眠るファイル

翌日、私は旧所有者が保管していた資料を探しに、依頼人の実家である築四十年の一軒家へ向かった。 埃をかぶった倉庫の中に、木製の引き出し式キャビネットがぽつんと残っていた。 その中から出てきたのは、黄ばんだ封筒に入った地役権設定に関する契約書だった。

訂正印が語る過去

契約書の一枚に、不自然な訂正印が押されていた。 それは、依頼人が提示してきた登記書類とは異なる名前で、誰かがあとから押した痕跡があった。 「訂正した理由、聞かせてもらいましょうか」私は軽く問いかけたが、依頼人はうつむいて何も言わなかった。

サトウさんの推理

登記簿の矛盾点を突く

サトウさんは例によって無表情のまま、パソコンの画面を見つめていた。 「この仮登記、二重になっていますね。同じ日に二件の申請が出されてる。しかも目的が違う」 その指摘は、まさに見落としていた盲点を突くものだった。

職印の筆跡とその癖

さらに彼女は、印鑑登録証明書の筆跡をスキャンし、前所有者の職印と比較した。 「同一人物の押印ではありませんね。字体の縦横比が微妙に違います」 まるで怪盗キッドが変装を見破られる瞬間のような、決定的な証拠だった。

旧所有者の謎

消えた相続人の行方

その土地の登記簿に記されていた旧所有者は、三年前に亡くなっていた。 だが、その相続登記がされておらず、誰が相続人なのかも不明だった。 戸籍をたどっていくと、唯一の相続人がすでに海外に渡って行方不明になっていた。

戸籍から消された名前

驚くべきことに、その相続人の戸籍には一度、失踪宣告がなされた形跡があった。 しかし、五年前に生存が確認され、復籍処理がされていたのだ。 その記録が登記には反映されておらず、仮登記はその不完全さを逆手に取った仕掛けだった。

真相への一歩

仮登記のままにされた理由

サトウさんがぽつりと呟いた。「仮登記のままだと、所有権の主張は弱く見えますが、処分は可能です」 つまり、完全な登記ではなく“あえて仮の状態”にしておくことで、別人の介入を防ごうとしていたのだ。 依頼人は、土地の一時的な押さえと転売を狙っていた可能性が高かった。

遺言書に記された逆転の鍵

倉庫で見つかったもう一つの封筒には、手書きの遺言書が収められていた。 それには、「この土地は娘のミドリに相続させる」と書かれていた。 依頼人の主張は、そもそも所有権の前提が間違っていたのだ。

夜の相談室

サトウさんの無言の圧力

事務所に戻ると、サトウさんはすでに報告書をまとめていた。 「これ、明日提出しておきます。あの人の登記申請は、却下されるでしょう」 彼女の冷たい目線に、私は少しだけ背筋を伸ばした。

元野球部の勘が働く瞬間

ふと、あの依頼人が見せた仕草を思い出した。契約書を出すとき、彼は左手で書類を持っていた。 右利きの人間がそうするのは不自然だ。まるで自分が書いたものでないと自覚しているようだった。 「やれやれ、、、最後は俺の勘が勝ったな」思わずサザエさんのエンディングテーマが脳内再生された。

崩れる嘘の証明

土地売却の隠された動機

調査の結果、依頼人は多額の借金を抱えており、土地を担保にするため仮登記の再利用を画策していた。 それを阻止しなければ、相続人のミドリさんは土地を失うところだった。 法の隙を突くその手口は、まるで怪盗が最後の一手を仕掛けるかのようだった。

登記官の証言が突破口に

法務局で聞き込みをしていたサトウさんが、一つの証言を拾ってきた。 「数年前、あの人が“昔の契約書を復元してほしい”と頼んできたんです」 それが決定打となり、仮登記の無効が確定した。

シンドウの逆転劇

仮登記を解除する条件

司法判断により、登記に記された仮登記は“真正でない疑い”があるとして職権で抹消された。 その裏で、私たちはミドリさんに代わって相続登記の手続きを整えていた。 結局、正義は法の手続きを通して貫かれたわけだ。

やれやれとつぶやく勝利

いつもの帰り道、コンビニの明かりがやけにまぶしかった。 コーヒー片手に歩きながら、私はぽつりと呟いた。「やれやれ、、、」 誰にも聞かれないように、けれど自分にだけははっきり聞こえるように。

事件の終わりと日常

事務所に戻る静かな午後

数日後、依頼人からの撤回書面が届いた。 それをサトウさんに渡すと、彼女は無言で受け取り、机に置いた。 何事もなかったかのような午後。書類の音だけが事務所に響いていた。

塩対応の裏にある優しさ

「今日はちょっとだけ、早く帰ってもいいですよ」 そう言った私に、サトウさんは表情を変えずに返した。「は?定時なんですけど」 その背中が、少しだけ笑っていた気がした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓