朝の来訪者
朝、まだ湯気の立つインスタントコーヒーに口をつけたとき、事務所のドアが乱暴に開いた。来訪者は、くたびれたスーツ姿の中年男性。手に持った書類が震えているのは、怒りか寒さか、それとも焦燥か。
「この家、どうなってるんですか」――彼が差し出したのは、郊外の空き家の登記簿謄本だった。
ふむ、としか言いようのないその登記内容。名義は変わっているのに、所有者に心当たりがないという。やれやれ、、、面倒の匂いしかしない。
空き家調査の依頼
依頼内容は「不審な名義変更の調査」。普通、こんな話は弁護士に持ち込むだろう。だが、不動産登記が絡んでいる以上、我々の出番だ。
サトウさんがチラリと俺を見た。「先方、怒鳴り込んできた割には礼儀正しいですよ」――塩対応だが、的を射ている。
調査の第一歩は、登記簿の過去履歴を洗い出すこと。俺は書類を預かり、背中を丸めて椅子に沈んだ。
サトウさんの冷静な対応
電話をかけて依頼人の連絡先を確認しながら、サトウさんは淡々と作業をこなす。俺が三つ折りの書類に手こずっている横で、既に該当物件の地図を印刷していた。
「鍵は開いてるそうです。調査に行くなら今日がいいって」――なるほど、寒さで人の気も緩んでいる。
現地調査をするか。俺はコートに手を伸ばしながら、やれやれ、、、と心の中で呟いた。
名義人の謎
問題の家は、見るからに数年は放置されていた。雑草はひざ丈まで伸び、玄関のポストには古新聞が詰まっていた。
しかし、登記簿上ではわずか半年前に名義変更が行われている。しかも、譲渡の相手は不明な個人。
これは典型的な“幽霊所有者”の臭いがする。怪盗キッドも顔負けの煙幕だ。
登記簿が示した不自然な移転
登記簿を見ると、以前の所有者は十年前に死亡した人物の名義のままだった。それが、半年前に突如として別人に移った。
譲渡原因は「売買」。しかし売買契約書の写しはなく、登録免許税も妙に少ない。
「偽造ですね。印鑑証明の出し方が古い」サトウさんがさりげなくつぶやいた。俺より早く手口に気づいている。
存在しない所有者
俺は市役所に問い合わせた。だが、新しい所有者の住民票はどこにもなかった。転居した形跡すらない。
幽霊が住んでいるようなものだ。名義だけが現れ、実体は影も形もない。
こうなると、誰かがこの空き家を使って何かをごまかそうとしている可能性が高い。
過去の事件の記憶
近所の古老に話を聞くと、十年前、この家で若い女性が失踪した事件があったらしい。捜索願も出され、新聞にも載った。
だが遺体は見つからず、事件は自然消滅のように扱われた。
名義変更のタイミングと、その事件との接点――偶然とは思えなかった。
近隣住民の証言
「夜な夜な若い女の声がしてね、、、」と、隣家の老婆が言った。誰も信じなかったが、たしかに女はいたのだ。
老婆がくれた手書きのメモには、「ヨシダ」という名前が残されていた。古い表札にも同じ名前が薄く残っていた。
ヨシダ、、、それが最初の所有者だった。
十年前の失踪届
警察に確認すると、たしかにヨシダという女性の失踪届が十年前に出されていた。
しかし、その後、家族が引っ越し、事件は迷宮入りとなっていた。
しかも彼女の兄が司法書士に依頼して家の処分を進めようとしていた形跡がある。つまり、、、関係者はいた。
現地調査の違和感
再び家に足を運ぶと、裏庭に異変があった。昨日はなかったはずの土が盛られている。
シャベルの跡。そして、何かが埋められたような不自然な膨らみ。
俺の背中に冷たい汗が流れた。これは、掘り返されるのを恐れている動きだ。
裏庭の不審な土盛り
俺たちは警察に通報した。調査の結果、そこから白骨化した遺体が見つかった。
身元確認の結果、失踪したヨシダさんと判明。これで“行方不明”ではなく“被害者”に変わった。
だが、誰が埋めたのか。それを裏付ける証拠が必要だった。
古びた鍵と封鎖された部屋
家の中を再調査すると、鍵のかかった部屋があった。サトウさんが針金を取り出し、器用に解錠する。
その中には、彼女の日記と、知られざる家庭内トラブルの記録が残されていた。
「これ、犯人身内ですよ」サトウさんの声が静かに響いた。
謎の人物の影
数日後、法務局に“新たな名義人”として書類を持ち込んだ男が現れた。
身元を確認すると、ヨシダさんの兄。名義変更の偽装は彼によるものだった。
彼は家を処分し、妹の死を闇に葬ろうとしていたのだ。
法務局に現れた男
男は、「妹は失踪したままだ」と主張したが、裏庭から見つかった遺体とDNA鑑定が全てを語っていた。
彼が所有権を偽装し、売却を図ったことで、ようやく事件は表に出た。
登記簿という記録が、彼の嘘を暴いたのだった。
偽造された印鑑証明書
調査の結果、印鑑証明書と委任状は、いずれもスキャナによる偽造と判明した。
サトウさんがその見抜き方を警察に説明する場面は、まるでコナンのようだった。
「やれやれ、、、探偵ごっこもたまには悪くないか」俺は少しだけ、誇らしい気持ちになった。
サトウさんの推理
彼女の頭の中では、すでに全てが繋がっていたらしい。
「彼は名義変更で家を売り飛ばし、遺体が見つからない限り罪には問われないと思ってたんです」
さすが、塩対応でも鋭さは群を抜いている。
名義変更の手口を解明
売買契約書の捏造。印鑑証明の偽造。司法書士の依頼になりすまし。
彼は書類だけで家を動かしたつもりだったが、そこには法の目があった。
「法務局なめすぎですね」サトウさんが鼻で笑った。
見落とされた登記ミス
最初の登記ミスが、彼の大胆な計画を可能にした。
だが、それを見抜いたのは、塩対応のサトウさんと、うっかり屋の俺だった。
サザエさんのカツオだって、たまには活躍するのだ。
登記簿が語る結末
事件は解決し、ヨシダさんは“失踪者”から“被害者”へと記録が変わった。
登記簿も正しい名義に戻され、家は行政により処分された。
静かな街に、少しだけ正義の風が吹いたようだった。
名義は誰のものか
名義は法律を超えない。だが、真実に近づくヒントにはなる。
俺たち司法書士は、その記録を読み解く数少ない存在かもしれない。
だからこそ、手を抜くわけにはいかない。
司法書士としてのけじめ
事件の報告書をまとめながら、俺はふと手を止めた。
「今日の夕飯、カレー弁当二日目か、、、」
やれやれ、、、せめて塩対応じゃなく、味噌汁でもつけてほしい。