登記簿に消えた家
午前八時の来客
「朝イチからすみません」と、スーツ姿の男が事務所のドアを開けた。手には分厚い封筒。顔はどこか怯えたようでもあり、覚悟を決めたようでもあった。 「こちらの土地の登記がおかしいんです」そう言って彼は、築六十年の古家が写った白黒写真を机に置いた。 その写真を見た瞬間、俺の胃のあたりがじんわりと重くなる。これは、ただの登記の相談ではなさそうだ。
登記簿の空白
登記簿謄本を取得して驚いた。対象地番の所有権欄が、まっさらなのだ。抹消も移転もされていない。まるで最初から、そこに家なんて存在しなかったかのように。 「この土地、そもそも誰のものなんですか?」と尋ねると、依頼人の顔が曇る。「実は祖父の代からの話でして……」 まるでサザエさんの三河屋さんが配達ついでに核家族の闇に触れてしまったような、不穏な空気が事務所に立ちこめた。
渡された古い地図
依頼人が差し出したのは、昭和40年代の地図。墨で塗りつぶされた区画に「ウチ」とだけ書かれていた。 縮尺もいい加減で、隣の川が曲がっている。これをもとに現在の地番と照合しようにも、どうにも手がかりが足りない。 「サトウさん、これ、GISでどうにかなりません?」と無理を承知で振ると、「地図じゃなくて、記憶を調べたほうが早そうですね」と塩対応。やれやれ、、、俺の胃がまた重くなる。
古い約束と失われた地番
謎の相続人
戸籍をたどっていくと、昭和の終わりにある人物が家を出たまま消息不明になっていた。依頼人の叔父にあたる人物だという。 「その人が生きているか、死んでいるかもわからないんです」依頼人は肩を落とした。だがこの叔父こそ、失われた家の鍵を握る存在に違いない。 登記されていない家と、所在不明の相続人。こんなパズル、誰が解けるというのか。
昭和の仮登記
古い法務局の帳簿をめくると、かすかに鉛筆書きで「仮登記」の文字が残っていた。 「売買予約による仮登記」昭和42年。あまりにも昔すぎる。しかも本登記されないまま放置されている。 これはまるで、ルパン三世が金庫の鍵を開けたあとに煙玉だけを残して去っていったような抜け殻だ。
サトウさんの即答
「つまり、所有権移転登記されないまま放置された仮登記が原因ですね。抹消するしかないです」 俺が唸ってる間に、サトウさんは手続の段取りまで組み始めていた。 「法務局で閲覧取って、供託所も確認しましょう」どこまでも有能な助手。もうちょっとだけ笑ってくれてもいいのに。
二重登記の影
かすれた名義人の名前
仮登記の名義人は「山本政一」となっていたが、戸籍には「山元政一」とある。 タイプミス? いや、昭和の手書き申請ならありうる話。けれどこの一文字の違いが、全てを狂わせる可能性がある。 もし別人なら、登記そのものが無効になるかもしれない。まるで「怪人二十面相」のように、名義が人の顔を変えるのだ。
不動産屋の曖昧な記憶
昔の不動産屋を訪ねてみたが、「そんな家、あったかなぁ」と記憶は曖昧。 ただ、「そのあたり、ずっと空き家だったような気がするな」とポツリ。 役に立つような、立たないような証言。うーん、まるで薄味のスープだ。
消えた謄本の行方
依頼人の祖父が保管していた謄本が、数年前に紛失したという。 火事でもあったのかと尋ねたが、ただの「引っ越し時に紛れた」らしい。 うっかりにもほどがあるが、それは他人のことを言えた義理ではない。俺もよく印鑑カードを財布に入れっぱなしにして怒られる。
書類の裏に残された手紙
落書きに隠された日付
サトウさんが見つけた古い仮登記申請書の裏に、子どもの落書きのような数字が書かれていた。 「これ、もしかして当時のメモ?」俺は思わず声を上げた。「昭和42年9月15日」まさに仮登記の申請日と一致する。 ただの落書きに見えて、実は重要な証拠。名探偵コナンも顔負けだ。
なぜか一致しない筆跡
しかし、その数字の筆跡が、申請書本体の筆跡と微妙に違うことに気づいた。 「おかしいですね。これ、他の誰かが書いたメモかもしれません」サトウさんの指摘に背筋が冷える。 つまり、誰かがあとからこの書類をいじった可能性があるということだ。
真相への糸口
商業登記からの反撃
名義人が関係していた会社の商業登記をたどると、なんと当時その地番で「支店」として使用されていた記録が残っていた。 つまりその土地は、実質的に会社の拠点だったということになる。 サトウさんの目がキラリと光った。「これは、固定資産税の記録と照合できます」やっぱり天才か。
地主の証言と矛盾
隣地の地主に話を聞くと、「あそこはずっと空き地だったよ」と証言。 だが固定資産税の課税記録には「建物あり」と書かれていた。どちらが正しいのか。 俺の頭の中では、すでにアガサ博士が小型探偵道具を準備していた。
終わらない登記と終わった人生
やれやれ俺の出番か
仮登記の抹消申請を終え、改めて所有権の移転登記を進める。 調査に丸三週間、関係者の戸籍を全部たどり、供託所と法務局を何度も往復した。 そしてようやく、誰もが忘れていた家が「存在した」と証明できた。やれやれ、、、本当に疲れた。
真犯人の動機と策略
一連の混乱は、相続を回避するために故意に仮登記を残していた当時の家族による策略だった。 自分の借金を他人名義の土地に付けたくなかったのだ。 罪に問えることではないが、人の業はこんな風に登記簿の隙間に染み込むのだ。
書き換えられた登記簿の末路
地面に刻まれた過去
新たに作成された登記事項証明書を依頼人に手渡すと、彼は深く頭を下げた。 「これでようやく、祖父の家が戻ってきました」その言葉に少しだけ救われた気がした。 家は失われても、記憶と歴史が回復されることもあるのだ。
サトウさんの淡々とした一言
「じゃあ次は、農地法の許可案件ですね」サトウさんは書類の山を指差す。 「え? あのーちほう?」聞き返す俺に、冷たい視線が刺さる。 やれやれ、、、俺の戦いは終わらない。