あの日の“うっかり”が、今でも頭から離れない
司法書士という仕事は、一見地味に見えて、実は緊張の連続です。毎日のように書類をチェックし、登記情報を整えて、依頼者の信頼を守る。でもそんな日常に慣れた頃、ふとした油断が命取りになることがあります。私がその痛みを知ったのは、開業して3年目のある日でした。あまりに忙しく、確認を一つ飛ばしたことが引き金となり、依頼者に深く謝罪しなければならなくなったのです。それ以来、「気を抜いた瞬間が命取り」という言葉が、自分の中でずっと響いています。
たった一文字の誤記が信頼を失った瞬間
その日は午前からバタバタしていて、午後には法務局への提出期限が迫っていました。焦っていた私は、登記申請書の住所欄にある一文字を見落としたまま提出してしまったんです。普段なら2度は確認する項目なのに、「まあ大丈夫だろう」という気の緩みがありました。登記完了後、依頼者から「住所が違う」と指摘されて、一気に血の気が引きました。訂正の手続きと謝罪で数日を費やし、それまで築いてきた信頼関係は、あっという間に揺らいでしまいました。
いつものように、ルーチン処理のつもりだった
毎日似たような書類に囲まれていると、つい作業がルーチン化してきます。気づけば確認が機械的になり、「どうせ今回も同じだろう」と思ってしまう。まさにそのときの私は、“思い込み”という名の落とし穴にはまっていました。司法書士の仕事は、同じように見える案件でも、細部が命です。その“細部”を見逃した自分に、プロとしての甘さを痛感しました。
「え、違いますけど」の一言で一気に青ざめる
依頼者から「ここ、番地違いませんか？」と淡々と指摘された瞬間、全身の血が逆流するような感覚がありました。間違えたのは、数字の1と7。たったそれだけ。でも依頼者にとっては大切な住所であり、登記に載る情報です。自分の確認不足で迷惑をかけたという事実は、何よりも自分自身を苦しめました。「たかが一文字」「されど一文字」――その重みを、あのとき初めて知った気がします。
確認を後回しにした代償
人は、忙しいと確認作業を「あとでやればいい」と思いがちです。私もそのときは、「後でまとめてチェックしよう」と後回しにしました。でもその“後で”は、結局こないんですよね。次から次へと案件が押し寄せて、気づけば期限ぎりぎり。その場しのぎの確認になり、ミスが発生してしまう。私のように、小さな油断が大きな信用の損失につながることは、司法書士であれば誰にでも起こり得ると思います。
時間に追われて焦ったあの日の自分
あの日の私は、まさに「焦り」に支配されていました。午前中の相談が長引き、午後に控えていた書類作成が遅れ、事務員にも手伝ってもらいながら必死に仕上げていました。「間に合わせなきゃ」というプレッシャーが強すぎて、丁寧さよりスピードを優先してしまった。結果として、スピードも信頼も、両方失ったのです。焦りは判断を鈍らせ、確認を雑にさせる。仕事が立て込んでいるときほど、深呼吸する余裕が必要だと今では感じています。
“大丈夫だろう”が一番危ない
「たぶん合ってるだろう」「前回と同じだから大丈夫」――この“だろう”確認は、本当に危険です。特に登記申請や書類作成では、「前回と同じだから」の判断が通用しないことも多い。住所や氏名、役職が変わっていることもあるし、依頼者の事情もケースバイケース。だからこそ、毎回ゼロから確認するつもりで臨まなければならない。それを怠ると、最終的にすべて自分に跳ね返ってくる。それがこの仕事のシビアなところです。
司法書士は“凡ミス”で信用を失う職業
司法書士の仕事は、専門性の高さよりも“正確さ”が問われる職業です。難しい理論や知識よりも、「当たり前のことを当たり前にやる」力が必要です。そして、その“当たり前”の中にミスが紛れると、一気に依頼者の信頼を失います。ときには、「資格持ってるのにこの程度か」と思われることさえある。そうなると、次の依頼にはつながりません。凡ミスが命取りになる。それがこの仕事の現実です。
完璧を求められるのに、完璧ではいられない
司法書士は「ミスが許されない仕事」としての責任が重い一方で、人間である以上、完璧にはなれません。目が疲れていれば見落とすこともあるし、体調が悪ければ集中力も続きません。それでも「ミスは許されない」という前提で仕事をする必要がある。そのギャップに、苦しむことも多いです。私自身、何度も「自分には向いてないんじゃないか」と思ったことがあります。だけど、それでも続けているのは、やっぱり誰かの役に立ちたいという気持ちがあるからです。
気力も体力も削られていく毎日
朝から晩までひたすら書類と向き合い、法務局とのやり取りをこなし、事務員への指示もしながら、自分の集中力を切らさずにいくのは本当にしんどいです。昼食をコンビニのおにぎりで済ませ、夕方にようやく一息つく頃にはもうヘトヘト。でも、そんな日でも「今日もミスなく終われた」と思えた瞬間だけは、自分を少しだけ褒めたくなります。それくらい、毎日の積み重ねが信用を築いている実感はあります。
誰にも怒られないからこそ怖い
独立してから特に感じるのが、「誰も指摘してくれない」ことの怖さです。ミスをしても、最初に気づくのは自分自身。もし気づかなければ、依頼者か法務局が教えてくれる――でも、それはもう“手遅れ”のタイミングです。会社勤めの頃は、上司や同僚がダブルチェックしてくれていました。でも今は、全部自分の責任。叱ってくれる人がいないというのは、ある意味で一番孤独で、怖い状況なんです。
叱ってくれる上司がいない独立の孤独
開業するまでは、「誰にも怒られないって最高じゃん」と思っていました。でも現実は違いました。誰も注意してくれないということは、ミスしても自分で気づかない限り、そのまま進んでしまうということ。上司や先輩がいないということは、自分で自分を管理し、戒めなければならないということ。意外とこれがきつい。自分の甘さに気づいたときには、すでに誰かに迷惑をかけていた――そんなことが、何度かありました。
「休めばいい」は正論。でも休めない
周囲からは「無理せず休めば？」なんて言われることもあります。でも実際のところ、休めるような状況じゃないのが現実です。ひとつの案件が遅れれば、すべてのスケジュールがずれこみますし、依頼者に迷惑がかかります。そして何より、自分が動かなければ、事務所は止まってしまう。誰かが代わりをしてくれる仕事じゃないからこそ、体調が悪くても机に向かう。それが司法書士の現実であり、覚悟でもあります。
事務員に任せきれない細かすぎる業務
うちの事務員は本当によく働いてくれます。でもやっぱり、司法書士としての判断が必要な場面は多く、結局最後は自分が見ることになります。「これ、お願いして大丈夫かな」と迷ってしまうことも多く、つい自分で抱えてしまう。気づけば深夜までパソコンに向かっていることもあり、「この仕事、いつまで続けられるかな」と思ってしまうことも正直あります。
自分が倒れたら終わり。だから今日も働く
風邪気味の日も、頭がぼんやりする日も、「自分が倒れたらこの事務所はどうなるんだろう」と思うと、布団から起き上がるしかありません。誰かの代わりがきく仕事ならまだいい。でも、司法書士の仕事はほとんどが個人に紐づいています。代行も簡単にはできない。だから、今日も無理をしてでも、机に向かう。それが正しいとは思わないけれど、現実なんですよね。
気を張りすぎる日々の中で大切にしていること
気を抜いたら命取り。でも、ずっと気を張っているわけにもいかない。そのバランスを取るのが、この仕事の難しさです。そんな中で私が意識しているのは、“小さな違和感”を見逃さないこと。疲れていても、面倒でも、「何か変だな」と思ったら手を止めて確認する。そのクセを身につけることで、多少なりともミスは防げている気がします。自分を信じすぎない。だけど、自分を見捨てない。それが今の私なりの答えです。
小さな違和感を見逃さない“もうひとりの自分”
ふと「この名前、前と違ったような…」「書類の順番、変じゃないか？」と感じることがあります。その“違和感”はたいてい正しくて、気づいたときには「ああ、やっぱり間違ってた」と冷や汗をかくことも。その感覚を信じて手を止める勇気が、何度も自分を救ってくれました。感覚は曖昧だけれど、積み重ねてきた経験が背後にある。だからこそ、感覚の声に耳を傾けることは大切です。
「ちょっと変だな」と思ったら必ず立ち止まる
忙しいと「ま、いっか」で流してしまいそうになります。でも、その一歩が落とし穴になるんですよね。だからこそ、ほんの少しでも「おかしい」と思ったら、立ち止まるようにしています。メールを開き直して確認する、原本にもう一度目を通す。それだけで防げるミスもある。疲れていても、確認だけは、確認だけはサボらない。それが、司法書士として自分に課している最低限のルールです。
ミスを防ぐには、自分を疑うしかない
結局のところ、ミスを完全に防ぐことはできません。でも、その確率を減らすことはできる。そのためには、自分を疑うことが一番です。「大丈夫かな？」と不安になるなら、何度でも見直す。「こんなミスするはずない」と思うときほど、見落としがある。人を疑う前に、自分を疑う。その姿勢こそが、信頼を守る最後の砦なのだと感じています。
人を疑うよりも、まず自分の確認が先
事務員や他人のせいにするのは簡単です。でも、責任を持つべきは最終チェックをする自分。人のチェックに頼りすぎず、「最後に見るのは自分だ」と肝に銘じること。それが、地味だけど一番大事なプロ意識だと思います。人のせいにしても、信頼は戻ってきません。だからこそ、自分の目で確かめ、自分の判断でOKを出す。それが司法書士という仕事の、本質かもしれません。
