ひとり休んだだけなのに地獄の幕開け
たったひとりの休みでここまで業務に支障が出るとは、自分でも驚いた。いつも静かに業務をこなしてくれている事務員さん。正直、そこまで意識していなかった。いや、感謝はしていたつもりだったが、それは「いるのが当たり前」の前提があってこそだったのだ。ある月曜の朝、「体調が悪くて今週はお休みします」と連絡が入り、そこから一週間、まるで綱渡りのような毎日が始まった。静かで淡々としていた事務所が、急に騒がしく、不安定で、落ち着かない場所へと変貌した。
「ちょっと体調が悪いので…」からすべてが狂い始めた
「たぶん2〜3日で復帰できると思います」というLINEを見た時点では、正直言って軽く考えていた。「まあ、少しの間ならなんとかなるだろう」と。しかし、その予想は甘かった。1日目はまだ余裕があった。2日目には机の上の書類が崩れはじめ、3日目には電話が取れなくなり、4日目にはお客様の顔を覚えていない自分に絶望した。もともと人の顔と名前を覚えるのが苦手な自分。誰に何を言ったのか、メモすら残っていない。電話を受けるたびに「えっと…どちら様でしたっけ?」と聞き直し、明らかに相手の声が冷たくなるのを感じた。
たかが1週間 されど1週間
「1週間くらいならどうにかなる」そう思っていた自分が甘かった。業務の遅れは日に日に積み重なり、あっという間にキャパオーバー。お客様からの督促電話、未処理の郵便物、戻ってこないファックス…。あれもこれも全部、「いつも通りにやってくれていた」事務員さんの仕事だった。逆に言えば、普段いかに自分が任せきりだったかが露呈する結果となった。自分の担当している登記案件にすら集中できず、気づけば本来なら1日で終わる作業が3日かかっていた。
見慣れた机の空席が恐怖に変わる瞬間
朝、事務所に入って一番最初に目に入るのが、空の事務員デスク。書類トレーがピシッと整理されているのに、そこに座る人がいない。最初は「静かでいいかも」と思ったが、3日も経つと不安と焦燥感がこみ上げてきた。「誰かに任せたい」「でも誰にも任せられない」そんな気持ちで仕事を抱え込むうちに、自分の表情がどんどん険しくなっているのが鏡越しにわかった。
自分の仕事すら回らなくなる司法書士の現実
本来であれば、事務の負担が減ることで、自分の業務に集中できるはずだった。それが、事務員不在のせいで逆に本業に手が回らない状況になってしまった。1日に何度も電話に出て、郵便を確認し、顧客対応に追われるうちに、自分が何をしていたのかすらわからなくなっていた。時間だけが過ぎていく。そして、気がつけば申請ミスや確認漏れが連発していた。
登記だけじゃない 雑務の奔流に押し流される
登記業務は集中力が命だ。にもかかわらず、目の前にあるのはFAXの送信、プリンタの紙詰まり、待合スペースの片づけ、急ぎの電話の折り返し…。本当に些細なことばかりなのに、数が多いととんでもないエネルギーを吸い取られていく。まるで蚊のような雑務たちが、無数に襲いかかってくる感覚。気づけば、登記の書類作成に着手できたのは夕方だった、という日もあった。
お客様対応に出て分かった事務員の偉大さ
お客様対応において、ちょっとした声のトーンや言葉遣いの気配りがどれだけ大切か。普段は電話口の向こうでやりとりしてくれていた事務員さん。いざ自分がその役目を担うと、緊張とストレスでどっと疲れが出る。言葉の選び方ひとつで、相手の反応が変わるのがわかる。結局、司法書士としての知識や経験よりも、対応の丁寧さが信頼に直結していたりする。今更ながら、その凄さに気づかされた。
電話の鳴る恐怖 メールの未読地獄
普段、電話が鳴るたびに「お願いしまーす」と言っていた自分。いざそれをすべて自分で対応しなければならなくなると、電話のベル音が恐怖に変わった。電話を取りながらメールチェックをし、途中で来客が来るとまた中断。1日の業務が常に細切れで、何一つまとまって終わらない。この状態を“地獄”と呼ばずして何と呼ぶか。
なぜか増える問い合わせ なぜか減らない作業
事務員さんが休んだ週に限って、なぜか問い合わせが増える。法則でもあるのかと思うほど、電話、メール、来客が集中する。こちらの準備不足もあったのだろう。だが、どうしようもないほど業務が膨れ上がる。しかも、ひとつひとつが軽くない。遺産分割協議書の相談、抵当権抹消の期日確認、登記事項証明書の取り寄せ…。どれも放っておけない内容ばかりだ。
1通1通に気力を削られていく
メールの未読がどんどん積み重なっていく。既読にするだけでは対応したことにならない。それぞれに返答を考え、書いて、添付資料を確認して…。気づけば1通のメールに30分近くかけていることもあった。そうしているうちに電話が鳴り、再び集中が切れる。そんなことを1日に何十回も繰り返していると、本当に気力が持たなくなる。
電話対応がこんなに辛いなんて知らなかった
電話は、ただ出るだけでは済まない。相手の情報を聞き取り、目的を把握し、適切な案内をする。さらに場合によっては、こちらから確認の折り返しをしなければならない。これが本当に疲れる。自分の声が震えていることに気づいた瞬間、「ああ、俺こんなにストレス抱えてるんだな」と実感した。
それでも前に進むために
この1週間の経験は、つらかったが無駄ではなかった。事務員さんの重要性を身をもって知ったし、今後のために備えるべき課題も見えた。人手が少ない事務所だからこそ、仕組みでカバーする必要がある。そして、何より「感謝を言葉にする」ことの大切さを感じた。
備えと仕組みが命綱になる
もしまた同じようなことが起きたら?そう考えると背筋が凍る。業務フローや引継ぎマニュアルの整備、電話応対のテンプレート化、顧客リストの一元化…。どれも今まで「忙しいから」と後回しにしていたことばかり。今回の地獄の1週間が、その必要性を突きつけてくれた。備えがあるだけで、気持ちに余裕が生まれる。次はそうありたい。
マニュアルって本当に大事
例えば、郵便の仕分けひとつとっても、慣れていないと時間がかかる。銀行、法務局、顧客…それぞれ重要度も違えば対応方法も異なる。それを一覧化しておくだけで、誰が見ても同じように動ける。「こんなの見ればわかるでしょ?」は、自分の甘えだった。属人的な業務は、いざという時に崩壊する。
一人事務所にこそ必要なリスク管理
自分のように、事務員一人で回している事務所は多いはず。そういうところこそ、休まれたときの備えが必要だと感じた。体調不良は誰にでも起こりうるし、事故や家族の事情で急に休まざるをえないこともある。だからこそ、「何をどこまで誰ができるのか」を明文化しておくことが、実は最大のリスクヘッジになるのだ。