時間が足りないそれだけの毎日

時間が足りないそれだけの毎日

朝起きた瞬間からもう遅れている気がする

目が覚めて時計を見る。6時20分。アラームの10分後。すでに予定より遅れている気がして、寝起きの頭に焦りが走る。実際は、誰かに急かされているわけでもないのに、自分で自分を追い込んでいる。司法書士という仕事は時間に追われる。けれど、外から見れば「机に向かっているだけ」の印象かもしれない。見えないタスクがどんどん積み重なっていく中で、今日もまた、こぼれ落ちるものが出るだろうと分かっていても、ただ走るしかない。そんな毎日が続いている。

予定表は真っ黒でも誰にも見せられない

Googleカレンダーは色とりどりだ。依頼人との面談、法務局への提出期限、電話連絡、事務員さんとの申し送り。びっしり詰まっているのに、それでも予定に書けない“雑務”が多すぎる。封筒の宛名書き、電話対応、メールの返信、ひとつひとつは5分で終わるように見える。でもそれが10個あれば、もう50分。1時間が蒸発する。そういう時間を「予定」として書き込むことはできない。だから、予定表は自分の現実よりスカスカだと思われてしまう。

事務所の現実は「暇そうに見える忙しさ」

事務所で黙々と作業していると、ふと来客があったときに「お、暇そうだね」なんて冗談を言われることがある。確かに、手を動かしていてもパッと見には伝わらないし、電話が鳴っていなければ静かに見える。でも、実際は脳内フル回転でスケジュールを再構成している途中かもしれない。頭の中では「あの登記の修正が…」「この依頼人には今日中に連絡しなければ…」と騒がしい。静けさと余裕は、まったく別のものなのだ。

時間のすき間に差し込まれる人間関係

ちょっと一息つこうと思っていたタイミングで、依頼人からの突然の電話。もしくは事務員さんからの「少し相談していいですか?」という声。断れないし、むしろ対応しないと後で自分に跳ね返ってくる。人間関係は大切。でも、隙間時間にしか関われないというのは、どこか失礼で、どこか情けない。心では「もっと丁寧に向き合いたい」と思っているのに、時間がそれを許してくれない。優しさは、余裕がないと出せないことを痛感する。

一人ひとりを大事にしようとするほど時間は削られる

「丁寧な対応を心がけたい」と思えば思うほど、逆に自分の時間はどんどん削られていく。書類を丁寧に説明すればその分時間が延び、質問に答えればその分、次の仕事が遅れる。でも、ここで手を抜いたら信用を失うかもしれないという恐怖もある。だから、毎回全力投球してしまう。元野球部だからか、つい「手を抜く」という発想が苦手で。でもその結果、夜9時過ぎに残った登記申請にため息をつく。そんな日々だ。

優しさを持ち出すには余裕が必要だった

たとえば依頼人が不安そうにしていたとき、こちらに余裕があれば、笑って「大丈夫ですよ」と言えたかもしれない。でも、3件後のアポが頭をよぎると、口調が早口になり、笑顔が引きつってしまう。やさしさって、気持ちだけじゃどうにもならない。心にゆとりがないと、出そうとしても出てこない。優しさを持ち出せる引き出しは、いつも空っぽで、それを気づいたときに、自己嫌悪がまたひとつ、胸にのしかかる。

「あとでやろう」はもうできない

かつては「これは後回しでいいや」とタスクを分けていたけれど、最近はその“あと”が永遠にやってこない。常に締切ギリギリ。ほんの5分先さえ空いていない。予定がずれたら一気に崩れる。だから、どんなに疲れていても「今やる」しかない。結果、集中力は落ち、凡ミスも増える。それを夜に気づいて、ひとり頭を抱える。昔の自分なら、ここまで詰め込まなくても、もう少しうまくやれた気がするのに。

書類と電話と締切と

一日が始まると、まず確認するのは未処理の書類。そしてすぐに電話が鳴る。1本の電話が終わると、なぜか3通のメールが届いている。書類を読み込もうとしても、締切が脳裏に浮かんで集中できない。そんな日常を繰り返していると、「なんのためにこの仕事を始めたんだろう」とすら思えてくる。理想を追い求める余裕なんて、どこにも残っていない。ただ、タスクをさばくだけの毎日。それだけでもう、いっぱいいっぱいだ。

とにかく途切れないタスクの山

一つの仕事が終わると、達成感よりも「次はあれだな」と考えてしまう。司法書士の仕事は、「やったら終わり」ではなく「やったら次が始まる」構造で、永遠にゴールが見えない。以前は一つひとつに区切りを感じていたのに、今はどこでひと息入れていいかもわからない。次々と湧き出るタスクは、もはや山ではなく流れ作業。それでも、人の人生が関わっている以上、手を抜けない。このジレンマがずっとついてくる。

分単位の予定が意味を持たない瞬間

「10時から面談、11時に法務局、13時に電話」——こんなふうにスケジュールを組んでいても、1件目が15分伸びればすべてが崩れる。だからと言って、依頼人に「時間なので」と切り上げることもできない。誠意を持って対応すればするほど、予定は意味を失っていく。でも、それがこの仕事だと受け入れるしかない。まるで交通渋滞の中で時刻表通りにバスを運行しようとするようなもの。理屈ではなく、覚悟の問題なのかもしれない。

誰のための仕事か分からなくなる

この仕事は、人の役に立つために選んだはずだった。でも、日々追われてばかりいると、その原点すら見えなくなってくる。「これは本当に依頼人のため?」「それとも、単に事務所を回すため?」そんな疑問がふと頭をよぎる。理想と現実のギャップに飲まれながら、それでも今日もまた一枚の登記申請書に押印する。淡々と。心がそこに追いついていないまま。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。