書類ハ完璧心ハ崩壊寸前

書類ハ完璧心ハ崩壊寸前

書類ハ完璧心ハ崩壊寸前

静かな朝と完璧な書類

田舎の司法書士事務所。朝8時、まだ寒さが残る春の空気の中、俺ことシンドウは、山のような登記申請書類を前に、冷めたコーヒーを啜っていた。
「先生、この契約書、完璧です」
サトウさんが、いつものクールな顔で書類を机に置く。彼女が言うなら、それは間違いなく完璧だろう。
だが、完璧なものを見ると、逆に不安になるのが俺の悪い癖だ。
まるで波平さんが髪を下ろしてるような違和感というか、整いすぎてると逆に落ち着かない。

登記申請の山を前に

「先生、今日中にこの8件、オンライン申請お願いします」
サトウさんの声に、俺は内心で叫んだ。8件だと!? 昨日5件終えたばかりじゃないか!
「はいはい、わかりましたよ」
俺の口癖「はい」と「やれやれ、、、」が混ざったような返事が漏れる。
俺の脳内ではすでに名探偵コ〇ンが「これは、何かのトリックだ!」と叫んでいた。

サトウさんの違和感

書類の束を片付けながら、ふとサトウさんが手を止めた。
「先生、この謄本、どこか変ですよ」
俺も見たが、目立った間違いはない。だが、彼女の感覚は鋭い。以前も、マンション名の一文字違いで大騒動を未然に防いだことがある。
まさか今回も、、、?

「この謄本、どこか変ですよ」

拡大コピーでよく見てみると、「高山荘」が「高山荘(旧姓山田)」と小さく書かれている。
依頼人は「旧姓を戻してはいません」と言っていた。これは、、、誰かが意図的に?
いや、まさかそんな、、、いや、怪盗キ〇ッドならこの程度の細工は朝飯前だ。

一枚の紙に潜む矛盾

書類にミスはない。でも、心がざわつく。この違和感、掘り下げるべきか、見なかったことにすべきか。
「司法書士に必要なのは、勘です」と、昔の先生が言っていた。
面倒ごとに首を突っ込むのは御免だが、ここで見過ごせば、後悔する。
そう思った時点で、俺はもうこの謎を追っていた。

不動産の名義に刻まれた謎

登記の履歴をさかのぼると、数年前に「山田」が一度消え、その後また現れていた。
離婚、再婚、そして謎の死亡届取り下げ。何かが不自然だ。
「これは、、、本当の持ち主が、別にいるんじゃないか?」
推理漫画のような妄想が膨らむ。

旧字の違いと隠された意図

旧字の「髙」が「高」に直されていた。通常は気にしないレベルだ。だが、戸籍で見れば別人扱いもあり得る。
意図的にそうしたとしたら? この名義変更はカモフラージュか?
あの白手袋の怪盗が、司法書士の世界に紛れ込んだ気がしてきた。

完璧な書類に仕込まれた嘘

完璧に見える書類は、誰かが用意した”完璧な嘘”だったのかもしれない。
書類は完璧、でも、その下にある事実は崩れていた。
そして、その嘘を見破った自分の心もまた、ボロボロになりかけていた。

依頼人の涙と沈黙

「やっぱり、この登記はやり直す必要があります」
俺が言うと、依頼人は黙っていた。目にうっすら涙を浮かべていた。
それが、怒りなのか、悲しみなのか、俺には分からない。
ただ一つ言えるのは、正しいことをした自信は、あまりなかった。

あの日消えた兄の遺言

登記に関わっていた不動産は、10年前に亡くなった兄の名義だった。
「兄の遺言が、見つかったんです」
依頼人が差し出した一枚の封筒。そこには、第三者に譲るという内容が書かれていた。
つまり、今の名義人は、、、無効ということになる。

「先生、このまま進めていいんでしょうか」

サトウさんの問いに、俺は答えられなかった。
「やれやれ、、、」
つい口に出た。
正義ってなんだ? 正解ってなんだ? 書類の正しさより、人としての正しさを問われる瞬間が、いちばんつらい。

遺された印鑑と切れた封筒

最後の証拠は、かすれた印影と封筒の切れ端だった。
推理ドラマなら、ここで決着。だが現実は、法務局とのやりとり、依頼人との説明、そして再申請。
正義の味方なんてヒーローは現れない。
ただ、書類と向き合い続けるだけだ。

謎を解く鍵は旧姓のひらがな

書類の片隅に、かすかに「やまだ」の文字が残っていた。漢字ではなく、ひらがなで。
それが、真の意思を示していた。
細かすぎる? そうかもしれない。でも、司法書士の仕事ってそういうものだ。

戸籍の端に見つけた救い

手続きはやり直し。でも、依頼人は微笑んでいた。
「兄が本当に望んでいた通りになった気がします」
そう言ってくれただけで、少し報われた気がした。

書類は完璧じゃない、それでいい

書類の正確さばかりを追い求めてきた。だけど、人間の感情はそんなに整ってはいない。
ボロボロでも、誠実でありたい。そう思った。

心がボロボロでも、前を向く推理

事件ではない、でも確かに心を動かす何かがあった。
司法書士という仕事は、そういう小さな「謎」と日々向き合う仕事なのかもしれない。
今日もまた、完璧な書類を作りながら、自分の心にツッコミを入れる。
「やれやれ、、、明日もこれか」

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓