朝のコーヒーと一通の電話
眠気覚ましの苦味と不吉な呼び出し
その日も、いつものようにコンビニの100円コーヒーを片手に、デスクに座った。事務所の扉の隙間から朝日が差し込み、まるで何かを暴こうとしているように鋭く光っていた。そこへ一本の電話が鳴った。
消えた供託金の記録
取引先の依頼人からの告白
「先月、供託金を納付したのに、どこにも記録がないと言われたんです」と、電話の主は焦っていた。登記関係の供託は金額も大きい。記録がなければ依頼人の信用も自分の首も危うい。
記録係の謎の異動
供託所の中で囁かれる噂
調査のため、地元の供託所に向かった。受付の顔ぶれが変わっていた。記録係だったベテランの男が、急に異動になったという。妙だ。公務員の世界では珍しくないが、直感が警鐘を鳴らした。
訪れた供託所の静けさ
張り詰めた空気に潜むもの
供託所のロビーは妙に静かだった。普段ならもっと書類のやりとりでざわざわしているはずなのに、今日は水族館の水槽の中みたいに静まり返っていた。そこに不自然な緊張が漂っていた。
供託簿に残された不審な訂正印
赤黒く残る印鑑の謎
一冊の供託簿に目を通していたサトウさんが、ふと眉をひそめた。「これ、二重訂正されてますね。しかも訂正印が違う印影で。」訂正印は職員ごとに厳密に管理されている。別人の訂正は異常だ。
サトウさんの冷静な視点
冷ややかな声と鋭い指摘
「この記録、日にちが操作されてます。供託が完了した日が、なぜか二日遅れで処理されてる。帳簿の表紙裏に、本来の記録がカーボン紙で薄く残ってます。」彼女の観察眼にはいつも驚かされる。
嘘を重ねた職員の過去
過去の不祥事との奇妙な一致
調べていくうちに、その異動した記録係は、かつて別の支所でも供託ミスで懲戒を受けていたことが分かった。にもかかわらず、なぜか処分は軽く済まされ、異動という形で処理されていた。
元野球部の直感が働くとき
凡ミスに潜む真相
ふと、供託簿のページが一枚だけ異様に新しいことに気づいた。「これは貼り直してあるな…」自分でも驚く勘の冴えだった。まるで高校時代、相手投手のクセ球を見抜いたときのあの感覚に似ていた。
鍵を握る小さなミス
貼り直された日付と印刷ズレ
ページの角をめくると、裏にうっすらと「元」の日付が印刷されていた。「プリンターで印刷し直して貼ったってことですか?」サトウさんが言った。「これ、やったの前任の記録係で間違いないです。」
やれやれと呟いた瞬間
悪事を隠すには稚拙すぎる偽装
「やれやれ、、、昭和のトリックかよ。」思わず口に出た。手口が稚拙すぎた。サザエさんの中島くんでも、もう少しうまくやるだろう。こんな粗雑な偽装を見抜けなかったことの方が恥ずかしい。
真犯人の静かな告白
無言の涙と机上の録音
供託所に戻った記録係は、すでに腹を括っていたようだった。「…家の借金が、どうにもならなくて。」録音は取っていない。だが、その静かな告白と、机の上に置かれた訂正印がすべてを語っていた。
司法書士としての矜持
書類の裏にある現実
誰かがミスを隠すために書類を改ざんすれば、被害を受けるのは常に依頼者だ。紙の裏に潜む闇を見逃さないこと。それが司法書士としての最低限の責務だと、あらためて自分に言い聞かせた。
真実を記録に残す重み
供託簿が語る物語
すべての記録は残された。記録係は処分を受け、供託金の確認も無事取れた。供託簿には、今は正しい日付と正しい金額が書かれている。その下に、過去の偽りが静かに眠っている。
サトウさんの一言と静かな余韻
いつも通りの塩対応
「先に帰ります。晩ごはん、カップ麺じゃないといいですね。」 「…ありがとうって言ったほうがいいのかな」 「言われても困ります」 その冷たい背中を見送りながら、机のコーヒーはすっかり冷めていた。