手続き完了より先に心が壊れた日

手続き完了より先に心が壊れた日

手続き完了より先に心が壊れた日

書類の山を片付けた瞬間だった。時計は17時53分。
あの瞬間、世界が一瞬止まった気がした。

「ふぅ、これで最後だな」
そうつぶやいて封筒を閉じる音が、やけにでかく感じる。
完了報告書。依頼人の笑顔が浮かぶ。
でもそれ以上に、頭の中にずっと鳴り続けるのは、「もう限界」という音だった。


「先生、今日ずっと無言でしたよ」

サトウさんがそっとコーヒーを置いてくれる。
その湯気の向こうで、彼女の眉がいつもより少しだけ下がっている。
気づかいのつもりか、憐みか。
いや、たぶんただの「観察結果」だ。探偵役は彼女の方なのだ。


「なんだか最近、顔が“波平さん”みたいですよ。眉間にシワ寄せて」

「フネさんのような優しさを持てってことか?」と笑おうとしたが、口角が上がらない。

「やれやれ、、、」

サザエさん一家のような日常は、この事務所には訪れない。
波平のように怒鳴る元気もない。
こちとら、登記の書類でさえ、家族よりよく見ている。
愛着ではなく、義務感で目を通す毎日だ。


一枚の登記識別情報通知書。
完璧に仕上げた。ミスもない。印鑑もズレていない。

なのに、何かが欠けている。
たとえば心とか、魂とか、そういう昭和的なものが。


「でも、先生ってちゃんとしてるから、依頼人は安心してますよ」
「その“ちゃんと”に、俺の心が耐えきれなくなってきた」
「それは…先生が真面目すぎるからですよ」

まるで、古畑任三郎が犯人にささやくように、サトウさんが言った。
「“きちんと”の先に、自分が崩れるって気づいてるでしょ?」と。


事務所を出た空はやけに青かった。
真っ直ぐ家に帰る気力もなく、コンビニの前で足が止まる。
ホットスナックを買って、車の中で食べた。
味はしなかった。でも、温かかった。


次の日、いつもより遅く出勤したら、
机の上に一通のメモとプリンが置いてあった。
「今日だけは、ゆっくりでいいですよ」
メモの最後に小さく「byサザエ」と書いてある。

少しだけ笑った。


そして、次の申請書を開く前に、ひとつだけ深呼吸をした。

司法書士の仕事に探偵のようなスリルはない。
怪盗のような華やかさもない。
でも、静かな戦いは毎日ある。

その戦場から、今日だけは少しだけ離れてもいい。
完了ではなく、回復を目指す日があっても。

やれやれ、、、心が壊れる前に、プリンで救われるとは。
侮れない、サザエ探偵。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓