謄本一枚余分な日常
朝の確認は完璧だったはず
朝、いつものようにサトウさんが書類を封筒に入れる音が事務所に響く。パチンとホチキスが鳴り、「完了です」と言う声に、俺は小さく頷いた。
「今日は簡単な案件で助かるわ」とコーヒーをすすりながら言った俺に、サトウさんは言う。「油断してると、そういうのに限って落とし穴ありますよ」
まさかこの一言が伏線になるとは、このときの俺には知る由もなかった。
サトウさんの手際はいつも通り
この事務所でサトウさんほど信用できる存在はいない。たとえクレヨンしんちゃんが司法書士をやったとしても、彼女の正確さには敵わない。
封筒の重さで気づけなかった悔しさ
重さは“普通”だった。厚紙を1枚多く入れたって、郵便物は何も教えてくれやしない。俺の指先も、五感も、あの余分な1枚には気づけなかった。
書類に潜む魔物の正体とは
後から振り返れば、それはまるで“書類に化けて忍び込んだ怪盗”だった。名探偵コナンならスパッと見抜いてただろうな。俺はただのシンドウ。正義感はあるけど、眼鏡はかけてない。
法務局の窓口で告げられた違和感
「あれ?これ、ちょっと多くないですか?」
窓口の女性のひと言に、頭が真っ白になった。
職員さんの「ん?」にヒヤリ
その「ん?」はサザエさんの波平が言う「バカモン!」の前触れに似ていた。何かが起きる、その空気だけが事務所の涼しい冷房より冷たかった。
一枚多いだけで空気が変わる
「これ、どの役所の分ですかね……」
窓口職員が謄本を手でパラパラとめくる。1枚だけ、違う地番。紛れ込んだ“よその子”。
その一言で全てがやり直し
「ああ、これ取り下げて再提出ですかね」
終わった。俺の、午後が、終わった。
なぜか犯人探しが始まる
事務所に戻る道中、俺の脳内では『封筒謄本殺人事件』が展開されていた。もちろん“殺人”は比喩で、殺されたのは俺の段取り。
「これは誰のチェックミスか?」問題
俺か?サトウさんか?いや、そもそも…この1枚、誰が入れた?
サトウさんの冷静な推理が光る
「たぶん、この間の登記の控えが紛れましたね。戻ってきたときに私がまとめたので」
サトウさんは淡々と話す。彼女が名探偵なら、俺はその助手A。
自分の野球部根性は役に立たない
「俺が全部悪い、走って取りに行く」
高校時代のランニング癖が、今ここで生きるとは思わなかった。
午後イチの予定が総崩れ
依頼者からの電話が鳴る。スケジュールがズレる。そんな中でも書類は正確でなければいけない。司法書士とは、孤独な帳尻合わせの仕事だ。
移動の段取りすら無意味に
せっかくまとめた“午前中のうちに提出→午後は面談”という流れが、まるっと台無し。ゼロから段取りしなおしだ。
依頼者への謝罪連絡ラッシュ
「、提出に不備がありまして……」
その説明を5件連続で繰り返す俺は、もはや録音テープ。
電話口の「まあ仕方ないですね」に救われる
たったそのひと言で、泣きそうになる自分がいた。人の優しさって、こういう時にしみるんだ。
帰り道で考えたこと
風が強くなってきた。封筒がふわっと膨らむ。「もう二度と1枚たりともミスらない」と誓いながらも、どこかでまたやりそうな予感がした。
やれやれと空を見上げる
やれやれ、、、
今日も一日、書類に振り回された。
効率よりも丁寧さを選ぶ理由
俺たちの仕事は「正確さ」が命。どんなに時間がかかっても、正しくなければ意味がない。謄本1枚でやり直し、それが現実。
一枚の重みを噛みしめる午後三時
封筒を閉じる前、もう一度だけ中身を数える。その姿を見て、サトウさんが笑った。
「明日もきっと、同じことするんでしょうね」
「だな……」俺も笑った。明日こそ、完璧に。