消えた相続人は登記を拒む

消えた相続人は登記を拒む

朝の来客と封筒の中身

突然の訪問者がもたらした依頼

朝のコーヒーを淹れようとしたその瞬間、事務所のチャイムが鳴った。 「こんな早朝に誰だ……」と思いながら玄関を開けると、そこにはスーツ姿の中年男性が立っていた。 手には分厚い封筒。名刺には「大隅」とだけある。

旧家の相続と登記手続きの罠

大隅氏は「祖父の遺産を相続したいが、一人だけ連絡が取れない相続人がいる」と語った。 戸籍上は存在しているものの、電話も住所も曖昧。まるでこの世からフェードアウトしたかのようだった。 昔の探偵アニメに出てくる「正体不明のキーパーソン」ってやつだな、と心の中で毒づいた。

消えた相続人の手がかり

電話も手紙も届かない

とりあえず戸籍上の住所に通知書を送ったが、あっけなく「あて所に尋ねあたりません」で返送された。 電話番号も登録なし。SNSも一切の痕跡なし。まるで情報の亡霊。 ここまで連絡がつかないと、もはや怪談の域だ。

戸籍と住民票の違和感

奇妙だったのは、戸籍の附票にだけ「10年前まで○○町に居住」と残っていたことだ。 だが、その住所は現在更地。家ごと無くなっていた。 となると、どこに「消えた」のか。物理的な蒸発だとしか思えなかった。

サトウさんの推理が冴える

職権で洗う調査資料

「司法書士のクセに無駄な推理ばっかりしてないで、法務局に照会したらどうですか」 いつものごとく、サトウさんの塩対応が胸に刺さる。だが、それが正解なのが腹立たしい。 職権で名寄帳や評価証明書を取得し、元の地番の変遷を追ってみる。すると意外な事実が浮かび上がった。

封印された登記簿の過去

旧地番には、かつて登記簿が存在していたが、「閉鎖」となっていた。 理由は「所有者不明による整理」。相続登記未了のまま30年が経過していたのだ。 その中に、例の「連絡が取れない相続人」の名前が、しっかり残っていた。

司法書士が辿り着いた町

名寄帳にない地番の謎

不審に思った私は旧町名で登記簿を再度請求。すると「謄本には載らない別筆」が浮かび上がった。 分筆後に消された一筆。その中に、例の相続人が単独名義で所有していた土地があった。 しかも、そこには「売買による抹消未了」の文字。何かが隠されている。

空き家に残された家族写真

現地を訪ねてみると、廃墟同然の空き家がぽつんと建っていた。 中には誰もいないが、埃まみれのアルバムと郵便物が散乱していた。 その中に、かつての家族写真。中心には、かつて元気だった頃の「消えた相続人」の姿があった。

相続人はなぜ消えたのか

自己破産と戸籍ロンダリング

弁護士会の懲戒記録を調べてみると、かつて司法書士事務所に依頼した自己破産の記録が見つかった。 そこにあった名前は変わっていたが、生年月日と前住所が一致。つまり、彼は名を変えて別人として生きていた。 相続を受ける気も、現れるつもりもなかったのだ。

元野球部が聞き出した真実

昔の仲間に似た人物がいると聞き、かつての高校野球部の監督に連絡を取った。 「アイツなら、今は別の名で遠くの町にいるよ。昔のことは話すなって言ってたけどな…」 やれやれ、、、まるでルパンを追う銭形警部の気分だ。

やれやれ司法書士のひと仕事

公示送達と最後の一手

結局、本人確認は不可能と判断し、公示送達で処理することにした。 裁判所に事情を説明し、形式を整え、無事に登記が進行。 相続人全員が揃わなくても、やれることはある。それが司法書士の腕の見せどころ。

登記完了と依頼人の涙

数週間後、登記完了証を手にした大隅氏が深々と頭を下げた。 「これで、やっと祖父の墓前に報告できます……本当にありがとうございました」 少しばかりの達成感と、肩の疲れだけが残った。シンドウ、45歳、今日も愚痴をこぼしながら帰路についた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓