訂正されたのは誰の意志か

訂正されたのは誰の意志か

始まりは一通の補正通知

朝のコーヒーがまだぬるいまま、ファクスから吐き出された一枚の紙が机の上で存在感を放っていた。差出人は法務局、件名は「補正通知」。それだけで胃のあたりが重たくなるのが司法書士という商売だ。

見慣れた形式、ありふれた文言。しかし、今回は妙に引っかかる。それは内容というよりも、補正理由の曖昧さだった。

書類のどこを、誰が、どう間違えたのか——その核心が一切書かれていない。

届いたのは忘れかけた申請の返戻だった

その申請は、正直記憶の端に追いやられていたものだった。数週間前、やや急ぎで対応した相続登記で、依頼者とのやりとりも淡々としていた。

事務所の控えを引っ張り出して確認すると、確かに送った書類には問題ないように見える。あれから日数も経っているのに、なぜ今、補正が。

嫌な予感が背中をなぞるように這い上がってきた。

書類の形式ミスかそれとも意図的な何かか

補正内容には「添付書類の記載事項に不整合あり」とだけ記されていた。あまりにもふわっとしていて、まるで小学生が書いた感想文のようだ。

司法書士としての直感が告げていた。これは単なる形式的ミスではない。何か意図があって、誰かが何かを「直した」——そんな気がしてならなかった。

そう、まるでキャッツアイが残した謎のメッセージのように。

サトウさんの鋭い指摘

「これ、筆跡が違いますね」

サトウさんがルーペを片手に、補正通知に添付されていた書面のコピーを見つめながら言った。彼女の口調はいつも通り塩対応だが、その洞察力は警視庁の鑑識班レベルである。

確かに、自分が記入したはずの箇所が、どこか他人の手で修正されたように感じる。

訂正内容に感じた違和感

「ここ、元は漢数字で書いたのに…アラビア数字になってます」

些細な点だが、確かに記憶と異なる。しかも訂正印がない。これは第三者が勝手に手を加えた可能性がある。

「やれやれ、、、」思わずつぶやいた。何か面倒なものに首を突っ込んでしまったようだ。

筆跡と日付の謎

提出日として記されている日付は、自分が発送した日より一日遅い。まるで誰かが一度書類を止めて、書き換えてから再提出したような流れだった。

それに気づいた瞬間、胃の重みが確信へと変わった。誰かがこの申請書に、意図的に手を加えている。

この書類は、自分の手から離れた後で変わっていた。

依頼人とのすれ違い

「そんな修正、私は頼んでいませんよ?」

電話口の依頼人の声は困惑していた。訂正の理由を問うても、彼の答えは一貫して否定。そもそも訂正の必要すら感じていなかったという。

つまり、この書類を勝手に修正した誰かがいる。しかも依頼人の同意なしに。

「そんな修正はしていない」という言葉

依頼人の証言に嘘はなさそうだった。表現は不器用だが、登記の内容については慎重な人間だった。

それに、今回の修正が彼にとって特に得になるような内容でもない。

ならば、なぜ書類は書き換えられていたのか?

思い出される申請直前の打ち合わせ

当日、依頼人の紹介で同席していた別の男性がいた。名刺には某行政書士事務所の名前。妙に書類のやり取りに詳しかったのを覚えている。

そのときはあまり気にしていなかったが、今になって思えば、あの男が何か関与していたのではないか。

登記を通じて何かを仕込むには、立場もタイミングも揃っていた。

調査開始のきっかけ

法務局を訪れた際、窓口の職員がふと漏らした。

「この申請、いったん取り下げられて再提出されてますよ」

青ざめた。そんな話はまったく知らされていなかったし、そもそも取り下げをお願いした覚えもない。

法務局の職員が漏らした一言

申請番号を再確認しても、確かに「いったん取り下げ→再提出」という履歴が残っていた。

でもその間、自分には一切連絡がなかった。

申請者名は……自分の名前だったのに、どこか違和感があった。

申請者情報の不審な書換え

さらに調べると、再提出時の代理人欄が、自分の事務所ではなく別の司法書士事務所の印鑑で埋まっていた。

その事務所、名前に聞き覚えがあった。同じ研修を受けた同期の名前だ。

そして何より、その男は昔から「小細工」が得意だった。

過去の申請履歴から浮かび上がる事実

調査のため登記情報の履歴を辿ると、いくつか不自然な申請の存在が浮かび上がってきた。

そのすべてに、あの同期の名前が間接的に関与している。

どうやらこれは、偶然のミスではない。計画的な何かだ。

他の補正通知との共通点

似たような補正通知を受け取った他事務所の声を集めていくと、どれも提出直後に謎の取り下げが発生していた。

その再提出には、いずれも第三者の代理人名が記されていた。

これが事実ならば、立派な「なりすまし」行為だ。

浮かび上がる一人の名前

状況証拠はすべて、ひとりの司法書士へと向かっていた。あの同期、タカハシだ。

同期会で顔を合わせたとき、彼は「最近、いろいろ裏技を覚えてさ」と冗談交じりに言っていた。

その裏技、まさか他人の申請書を勝手に操作することだったとは。

申請の影に潜む別の目的

今回の申請不動産には、複数の相続人がいた。しかも土地の一部は未分筆状態。少し処理を間違えれば、大きな混乱が起きる構造だった。

タカハシは、依頼人のひとりと結託して、不利になりそうな遺産の取り分を黙って訂正していたのだ。

補正通知は、法務局の機械的処理が見逃さなかった最後のブレーキだった。

不動産の権利移転を巡る裏事情

サトウさんが言った。「それ、どうせ、遺産取り分の割合をごまかしたんじゃないですか?」

……その通りだった。権利書の記載を意図的に曖昧にし、後で有利に解釈できるよう仕込まれていた。

まるでルパン三世が仕掛けた複製画のように、よくできた偽物だった。

消えた実印と預かった委任状

問題の依頼人、実は提出後に「委任状が返ってこない」と言っていた。

つまり、その委任状を使ってタカハシが勝手に再提出していたのだ。

これが犯罪にならないはずがない。

サザエさん方式の推理タイム

事務所に戻って一息つくと、サトウさんが言った。「でも、なんで補正通知が来たんでしょうね?」

そのとき、気づいた。——提出された書類にだけ「誤字」があったのだ。

サザエさんで言うと、カツオがテストの点数を誤魔化そうとして0を濃く塗るレベルのミスだ。

「あのときのやりとり」が導いた真実

あの誤字だけが唯一、法務局の補正対象となり、通知が発行された。

つまり、タカハシの完全犯罪は、しょうもない変換ミスひとつで崩壊した。

間抜けといえばそれまでだが、まさに神のいたずらだった。

やれやれ、、、まさかあんなところに

結局、証拠を法務局と警察に提出し、タカハシは聴取を受けることになった。

やれやれ、、、司法書士同士の事件なんて、正直こっちが疲れる。

それでも、サトウさんの一言にすべて救われた。「私、最初から怪しいと思ってました」

事件のあとで

事件は片付き、補正も正式に取り消された。

依頼人には謝罪と共に、改めて登記をやり直すことになった。時間と労力を返してほしい。

だが、これが現実だ。書類の世界にも、闇はある。

静かに戻るいつもの日常

今日もファクスは唸っている。補正通知、変更依頼、登記識別情報の確認……

司法書士という仕事は、探偵と怪盗の間で綱渡りをしているようなものだ。

だけどまあ、サトウさんがいれば、なんとかなるかもしれない。

そして今日も補正通知と向き合う

コーヒーをもう一杯注ぎ直しながら、ふと独り言をつぶやいた。

「さて、今日はどんな補正が待ってるんだ?」

あの一件以来、補正通知がちょっとだけスリリングに見えるようになった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓