猫が知っていた仮処分の理由

猫が知っていた仮処分の理由

登記所の午前十時に鳴いた猫

猫が鳴いたのは、ちょうど仮処分申請書の控えを受け取りに登記所へ向かった午前十時だった。 その声に振り返ると、白と黒のぶち模様が目立つ猫が、登記所の石畳の上に座ってこちらを見ていた。 この時点では、ただの野良猫と思っていたが、事件の鍵を握るとは夢にも思わなかった。

机の上に置かれたひっかき傷

仮処分の書類に目を通していたサトウさんが、小さな声で「あれ?」と呟いた。 彼女の視線の先、机に置かれた申請書の封筒に、まるで猫の爪で引っかいたような跡が残っていた。 普通なら見落とすような些細な傷だったが、彼女の目はごまかせない。

仮処分書類の中に潜んだ違和感

「これ、先月と同じ書式ですけど、フォントが微妙に違います」 サトウさんの冷静な指摘が事務所の空気を変えた。 ぼくが慌てて確認すると、確かに申請書の一部が明らかに後から差し替えられていたのだった。

サトウさんの冷たい指摘

「仮処分って、そんなに簡単に通ると思ってるんですか?」とサトウさん。 あまりに当然のように言うので、ぐうの音も出なかった。 ぼくは額の汗をハンカチでぬぐいながら、何とか言い返そうとしたが、無理だった。

封筒の中の紙は本物だったか

ぼくが封筒を開けると、中には仮処分の副本と見られる書類が入っていた。 しかし、それには印影がなかった。 「副本なら、本来押印済みのはずです」と、サトウさんが即座に指摘した。

署名のゆがみが語るもの

さらに拡大コピーしてみると、申請者の署名が他の筆跡と微妙に違う。 書き慣れていない人間が無理に似せたのか、それともまったくの別人か。 仮処分という制度の重さを思い知らされる瞬間だった。

依頼人の奇妙な沈黙

依頼人の男性は、事務所の椅子に腰かけたまま視線を合わせようとしなかった。 「猫は好きですか?」と訊くと、なぜか肩をびくりと震わせた。 明らかに動揺している。猫と何の関係があるのか。

猫アレルギーの嘘

「猫は嫌いです。アレルギーで」と言っていたが、彼のジャケットから猫の毛が数本見つかった。 しかもそれは、登記所前で鳴いていたあの猫の毛と一致する色だった。 「この猫、ご存じなんですよね?」とサトウさんが鋭く切り込んだ。

借主と貸主の立場逆転

調べていくうちに、登記上の貸主と借主の名前が入れ替わっている可能性が浮上した。 仮処分は、名義変更を止める目的で使われたはずだったが、書類の上では立場が逆になっていた。 つまり、本来守るべき人間が、仮処分を仕掛けた張本人だったのだ。

仮処分申請の罠

提出された申請書のタイミングが、登記の完了直前だったことが判明した。 あまりにもギリギリすぎるタイミング。 まるで、情報を事前に知っていたかのような動きだった。

提出タイミングの不自然さ

管轄の裁判所に確認したところ、申請者が裁判所に出向いたのは午後三時。 だが、登記の受付はその一時間後の午後四時。 「誰かが登記の予定を漏らした可能性がありますね」とサトウさんが静かに言った。

管轄外の印が示す意図

もうひとつ決定的だったのは、申請書の押印が誤って他の地裁支部のものであったこと。 申請人が慌てていたのか、それとも故意だったのか。 しかし、そこに焦りと偽装の匂いが確かにあった。

シンドウのうっかりと気づき

ぼくが書類を床に落とした瞬間、何かが封筒の隙間から滑り落ちた。 それは、猫の首輪についていたタグだった。 「この猫、依頼人の家の飼い猫です」とサトウさんが即断した。

落としたペンがつなぐ真相

床に転がったぼくのペンが、タグと封筒の間に挟まった瞬間、なにかが閃いた。 タグの裏には登記番号と日付が手書きされていた。 仮処分と猫は、確実につながっていたのだ。

猫の毛が語った真実

依頼人のジャケットから検出された猫の毛と、タグの付いた猫のDNAは一致した。 つまり、仮処分は依頼人が自らの登記を守るために仕掛けた自作自演だったのだ。 しかもそれを猫に運ばせようとするとは、、、やれやれ、、、なんという手口だ。

仮処分は誰のためだったのか

本来は、仮処分は権利を守るためのもの。 だが今回のように、それが「攻撃」に使われる例もある。 法律は中立であるが、使う人間の心は必ずしもそうとは限らない。

登記と嘘と保全の交差点

登記簿の記載は、表面上は整っていた。 だが、内実は虚偽申請と偽造署名の積み重ねだった。 すべては、飼い猫と仮処分を利用したひとつの「演技」だったのだ。

仮処分の効力は生きているか

結果として、その仮処分は無効となった。 虚偽に基づく申請であり、証拠も不十分だったからだ。 そして、依頼人は後日、司法書士法違反の疑いで取り調べを受けることとなった。

やれやれのあとに見えたもの

事件は終わった。 けれど、なぜか猫だけが、うちの事務所に居座っていた。 「まあ、仮処分されてないから勝手に住んでるんでしょうね」とサトウさんは平然と言った。

サトウさんが抱いた猫の眼差し

サトウさんが猫を抱き上げると、猫は彼女の顔をじっと見つめた。 「この子、結構見る目あるんですね」とつぶやくその表情は、珍しく柔らかかった。 ぼくはその横顔を見ながら、なぜか少しだけ、うらやましくなった。

事件のその後と依頼人の結末

依頼人は不正申請の罪に問われ、不動産の所有権も失った。 そして猫は、仮処分されることなく、事務所の主のような顔で窓辺を歩いている。 ぼくは今、やれやれ、、、とつぶやきながら、猫の餌代を経費に計上できるか悩んでいる。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓