朝の来訪者と毛玉混じりの依頼
朝の9時。まだ珈琲も飲みきらないうちに、事務所のドアがバタンと開いた。
入ってきたのは、40代後半とおぼしき男性。片手にはキャリーケース、もう片手には明らかに場違いな猫用トイレ袋を提げていた。
「猫が、、、その、、、証拠を、食べまして」彼の第一声だった。
依頼人の目には不安と何かの焦りが見えていた
話を聞くと、相続登記のために必要な「遺言書の写し」が見当たらないという。
しかも、昨晩その紙を猫のミーコがくちゃくちゃと噛んでいたのを見たという。
「まさか、、、」と口ごもる依頼人に、私は深いため息をついた。
証拠はどこへ消えたのか
依頼人が持参した紙袋の中には、使用済みの猫砂と、どうにも臭いが気になるジップ袋。
「胃の中に、、、残ってるかと、、、」と、彼は言った。
司法書士というより探偵のような仕事をさせられる日もあるが、今日は明らかにその中でも異常だ。
テーブルに置かれていたはずの契約書がない
依頼人の話をさらに掘ると、書類はテーブルに置いていたまま外出し、その間に猫が侵入したという。
犯猫(?)の名前はミーコ、スコティッシュフォールド。
「やれやれ、、、僕の仕事は猫の吐しゃ物からも証拠を拾わなきゃいけないのか」と思わず独り言が漏れる。
猫の存在と異物混入の真実
ここでサトウさんが「胃の中のpHが高いと紙は溶けやすいんですよ」と淡々と説明してくれた。
この人、なんでそんなこと知ってるんだろう。
「じゃあ、紙片が残ってない可能性も?」と聞くと、「高いですね」と素っ気なく答えた。
シュレッダーよりも先に書類を処理したのは
猫はシュレッダーの代わりだった。
依頼人はシュレッダーの電源が壊れていたため、廃棄せずにその辺に置いていたという。
しかし問題は、その書類が「本物」だったかどうかだ。
サトウさんの冷静な観察眼
「あの猫、昨日の夕方、近所のスーパーの駐車場で見ましたよ」とサトウさん。
何気ないその一言が、事態を大きく揺さぶった。
依頼人の話では、その日猫はずっと家にいたはずだったのだ。
ペットフードの成分表から読み解く謎
「このキャットフード、チキン味じゃないんですね。鯖です」とサトウさんが呟いた。
なぜかというと、ジップ袋の中の嘔吐物から魚の匂いがしたらしい。
依頼人は一瞬目をそらした。
意外な接点依頼人と相続登記
じつは、その遺言書の写しは、すでに法務局に提出されていたはずのものだった。
コピーが手元に残っているのも変だし、まして猫がそれを食べたというのも不可解だ。
私の頭の中で、ようやくピースがはまりだした。
消えた書類が証明する法定相続の罠
遺言書の内容は、依頼人にとって都合が悪いものだった。
法定相続では遺産の半分しか得られないが、遺言がなければ彼が全てを相続できる。
つまり「猫が食べた」ことにしたのは、偶然ではなかった可能性がある。
やれやれ、、、司法書士は掃除まで仕事か
私は手袋をはめ、袋の中身を再確認した。
そこには、半分だけ残った紙片に「この家は長男○○に相続させる」と、達筆の筆跡が見えた。
やれやれ、、、本当に猫が食べたとはいえ、真実までは隠せなかったらしい。
毛だらけの事務所で心もくたびれる午後
帰宅した依頼人は、警察に呼ばれるだろう。文書偽造未遂の疑いもある。
事務所には猫の毛がちらつき、私は掃除機を引っぱり出した。
サトウさんが一言。「司法書士って、大変ですね」――知ってたけど、言わないでくれ。
猫が吐き出した真実の断片
翌日、動物病院から「胃の中から紙片が出てきた」との連絡があった。
それは偽造ではなく、本物の遺言書の一部だった。
依頼人は、自分に都合のいい勘違いをしていたようだ。
胃液にまみれた証拠と依頼人の青ざめた顔
紙片を見た依頼人の顔は真っ青になった。そこには「全ての財産は地域猫保護団体へ」と書かれていた。
つまり彼には一円も入らない。
猫の逆襲、とはこのことか。
過去に仕込まれた偽造の痕跡
依頼人は、予備の写しを作っていた。しかしそれは明らかに字体が違っていた。
「サザエさんで波平の筆跡をカツオが真似したら怒られるやつですね」とサトウさん。
今回も“バレないわけがない”のである。
字体が違うひらがな一文字の違和感
特に「さ」の文字が明らかに歪んでいた。
コピー用紙にプリンターで打ち出したものとは違う、手書き特有の違和感。
証拠としては十分だった。
サザエさん方式で解決編
依頼人は全てを白状した。猫を使って書類を「事故」として処分しようとしたが、結局証拠は残った。
登記は正当に処理され、保護団体への相続も問題なく終わった。
最後に一言。「猫に罪はない」――本当にそう思う。
靴の裏に残ったインクがすべてを物語る
偽造した写しは、うっかり足元に落ちていたらしい。
依頼人の靴裏にはコピー紙のインクが微かに付着していた。
サトウさんはそれを一目で見抜いていた。恐ろしい人だ。
猫は語らぬが登記は語る
猫は何も話さない。しかし登記と筆跡と、紙の繊維はすべてを語る。
司法書士という仕事は、証言のない証拠を読み解くことでもある。
今日も、猫と紙と人間の狭間で、真実は静かに転がっていた。