午後三時に現れた依頼人
無表情な青年と色褪せた戸籍謄本
その日、午後三時ちょうどに、事務所のドアが音もなく開いた。背広姿の青年が一人、まるで時計仕掛けの人形のように静かに現れた。手にはクリアファイルが一冊。差し出された戸籍謄本は日焼けしており、どこか古びた書斎の匂いがした。
「相続登記をお願いしたいんですが」と彼は短く告げた。その声に緊張はなく、だがどこか演技がかった均一な響きがあった。私は嫌な予感に背筋を伸ばす。
不自然な委任状
記載された日付の違和感
彼が提出した委任状には、既に亡くなっているはずの人物の署名があった。日付は一ヶ月前、だが死亡届の受理日はそれよりも以前だった。私は黙って指先で日付をなぞりながら、冷たい汗が背中を伝うのを感じていた。
サザエさんで言えば、カツオが「母さんが昨日のうちに出したよ」と言っていた献立表に、まだ届いてないチラシが貼られていたような、そんな違和感だった。
サトウさんの冷静なツッコミ
文書の癖と筆跡の罠
「この委任状、筆跡が途中から変わってますね」 サトウさんは例によって淡々とモニターを見ながら、横目で私に告げた。私は一瞬目を泳がせながらも頷く。
「やれやれ、、、」という言葉が思わず漏れた。まるでルパン三世の銭形警部みたいに、またしても何かに踊らされている気分だった。
依頼人の背後に潜む影
遺産を狙うもう一人の相続人
調査を進めるうちに、故人の別居中の娘が存在していたことが判明した。青年が提出した書類には、その女性の名前が一切出てこない。
故人の遺産、築40年の古家と預貯金200万円。それを巡って、青年は何かを隠していた。私の胸の中で、かすかな警鐘が鳴る。
やれやれ、、、とため息をつく午後
過去の事件との奇妙な一致
ふと、数年前に担当した相続放棄の案件を思い出した。今回と同じ筆跡、同じような嘘の住所、同じタイプのクリアファイル。
「これ、前にも見たことあるな」と私が呟くと、サトウさんが無言で頷いた。まるで、名探偵コナンのエンディングに入る直前のような沈黙が事務所を支配した。
決め手は登記の添付書類
写しに残された真実
提出された添付資料の中に、1枚だけ明らかに年代が違うものが混ざっていた。スキャナーの仕様が違うのだ。古い型番の印影が、コピー用紙の端に小さく残っていた。
「つまり、これだけ後で差し替えられたってことですね」 サトウさんの言葉に、私はうっかりコーヒーをこぼしてしまった。
明かされる遺産目録の改ざん
司法書士が仕掛けた逆転の一手
私は依頼人の青年に連絡を取り、追加で必要な書類があると嘘をついて再訪を促した。そして、警察の立ち会いのもと、彼の持っていた遺産目録を確認。そこには確かに、故人の署名が不自然に上書きされていた。
彼は静かに観念し、何も言わずに頷いた。その様子は、まるで『キャッツアイ』の怪盗が絵画を残して消える瞬間のようだった。
午後三時の密談
青年の口から語られた真実
「姉がすべて奪おうとしたんです。あの人は昔からずる賢くて…」 彼はそう語った。だが、実際はその姉こそが正統な相続人であり、彼は長らく父親と断絶していたのだった。
法的には、姉にも弟にも権利はある。ただし、偽造はそれを帳消しにする。冷たい午後の陽が、彼の頬に射していた。
法定代理人の資格は誰の手に
遺言と成年後見の意外な関係
結局、青年には相続権があったものの、法定代理人としての立場はなかった。姉は既に成年後見人として選任されており、その情報は家庭裁判所に記録されていた。
私は書類を整理しながら、「もっと早く気づければな」と後悔まじりに呟いた。サトウさんは、「気づいたから今ここにいるんでしょう」とだけ返した。
真相と静かな結末
サトウさんの一言と帰り道の空
事件は解決した。だが、どこか後味の残る午後だった。サトウさんが帰り際に「また午後三時に誰か来るんでしょうね」と呟いた。
私は天井を見上げて、「やれやれ、、、」と深いため息をついた。事務所の外はすっかり夕焼けに染まっていた。