旧姓に眠る遺産の鍵

旧姓に眠る遺産の鍵

相談に訪れたのは知らない名字の女性

午後一番、いつものように郵便物を整理していたら、予約表に見覚えのない名字があった。「カワサキ ミドリ」──そんな名前の依頼者は初めてだ。事務所のドアが開き、現れたのは気だるげな雰囲気を纏った女性だった。

身分証を出してもらうと、名字は「ヤマダ」。あれ? 予約と違う。書き間違いかと思いながらも、少し嫌な予感が胸をよぎった。

「あの…名字が違いますが、ご本人でしょうか?」と聞くと、女性はゆっくりと首を縦に振った。

予約名と本人確認書類の名前が一致しない

「旧姓のままの予約なんです」──そう言われて私は一瞬フリーズした。旧姓で予約すること自体はよくあるが、戸籍や登記となると話は別だ。

「あの、戸籍上はどちらのお名前で?」と尋ねると、「いろいろあって…」と女性は濁すばかりだった。

書類を見ると、被相続人と女性の関係が一見して分からない。いやな案件の匂いがする。

戸籍謄本に浮かび上がる違和感

持参された戸籍謄本には、確かに「ヤマダミドリ」という名前が載っていた。しかし、相続関係説明図が繋がらない。どこか不自然な感じがする。

一見、相続人のように見えるが、直系の記録がない。養子か? それとも婚姻の記録漏れか?

なんともやりにくい。しかも、戸籍の筆頭者がすでに他界しているようで、照合できる人物が少ない。

旧姓のまま亡くなった女性の戸籍の謎

調べていくうちに、ミドリさんが主張する「姉」の存在が気になってきた。亡くなった被相続人は、確かに女性だったが、婚姻の記録がない。

しかも、名字が一度も変わっていない。「旧姓のまま」亡くなったということになる。これは確かに稀なケースだ。

「まるで、名前だけが取り残されたようだな」と独り言をつぶやく。

やれやれ相続ってやつは

「やれやれ、、、」と口をついて出たのは、もはや定番のフレーズ。登記簿を見ながら、何度も言いたくなった。

戸籍を遡るたびに、別の枝が現れる。いったいこの家系図はどこまで続くのか。

「サザエさんの家系図でももうちょっとシンプルだよ…」と心の中で突っ込みながら、私はコーヒーを一口飲んだ。

手続きの途中で消えた依頼人

数日後、連絡が途絶えた。書類の確認をしようと電話しても出ない。メールも未読のまま。最悪、音信不通。

「こっちは時間で動いてるんだけどな…」とぼやきつつ、サトウさんに調査を依頼した。

「前にも似たような案件ありましたよね」とサトウさん。あのときも、結局、相続放棄だった。

サトウさんの冷静な一言

数時間後、サトウさんが言った。「この人、そもそも戸籍に入ってませんよ」。

一瞬理解できなかったが、彼女の説明を聞いて愕然とした。どうやら、姉妹と称していたが血縁はなかったらしい。

「いや、完全にキャッツアイのトリックだこれ…」と思いながらも、事態の深刻さにため息が漏れた。

旧姓のままなら逆に見える線

なるほど、名字を変えなかったのはあえてだったのかもしれない。養子にもならず、婚姻もせず、名字だけで“姉妹”を演出していた。

「旧姓のまま」なら自然に見えた関係性が、実はまったくの他人──見事なカムフラージュだ。

だが、法は名前ではなく、戸籍で繋がる人間関係を重視する。彼女の言い分は通らない。

司法書士シンドウの突撃電話調査

私は本籍地の役場に直接電話を入れた。事情を説明すると、驚いたことにもう一人「カワサキミドリ」が登録されていた。

しかもその人は実在し、今回の依頼者とは全くの別人だった。もしかすると、成りすましの可能性すらある。

「これは名探偵コナンの犯人レベルのやり口だな…」と内心ゾクリとした。

名字が違う姉妹と消えた婚姻届

調査を進めると、亡くなった女性には一度提出された婚姻届が不受理となっていた事実が判明した。

つまり、婚姻の意志はあったが、正式には結婚していなかった。そのため、名字は変わらず、旧姓のままだった。

この不受理届を利用して、自称妹が登場した──なるほど、隙を突いたな。

真相は旧姓の裏にあった

結局、被相続人には正式な相続人が別にいた。遠縁の甥だった。

ミドリさんはその事実を知っていたからこそ、先手を打って登記を急ごうとしたのだろう。

旧姓を利用した偽装──だが、戸籍の正しさがそれを打ち破った。

本当の相続人は誰だったのか

最後に登場したのは、申し訳なさそうに頭を下げる若い男性だった。甥であり、唯一の相続人だった。

「伯母さんがあんな風に狙われていたなんて…」と彼はうつむいた。知らないうちに遺産を狙われていたと知って、言葉を失っていた。

私たちは静かに登記の説明を始めた。ここからは、粛々と進めるだけだ。

ラスト 登記申請書の横で

夕方、申請書類を整え終えた私は、ふうとため息をついた。

「ま、名前が違っても、事実は変わらないか」──サトウさんがぽつりと言った。

「やれやれ、、、本当にそうだな」私は机に置かれた旧姓の戸籍謄本を見つめながら、再び深く息を吐いた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓