月の記載は訂正できない

月の記載は訂正できない

司法書士には月も敵だ

照らされた書類の記憶

登記簿の写しを握りしめながら、俺は事務所の蛍光灯を消して、月明かりに頼った。

正確には、照明の電球が切れて交換を忘れていたせいだが、そんなことはどうでもいい。

月はやけに白く、俺の手元の字が妙に浮かび上がって見えた。

依頼人は夜に現れる

不動産の名義が語ること

その夜遅く、戸をノックする音がした。

疲れた顔の中年男性が、手に分厚い資料を抱えていた。

「この土地、兄貴の名義になってるはずなんですが……登記簿では父のままなんです」

サトウさんの冷たい推察

一刀両断の分析

翌朝、出勤してきたサトウさんに事情を話すと、手元のカフェオレを置いた。

「それ、相続登記が漏れてるだけですね。戸籍で時系列追えばわかります」

俺が「へえ〜」と感心してると、呆れた目で言った。「やるのはあなたですよ」

戸籍と登記簿のずれ

書かれなかった事実

調査を進めると、たしかに兄が単独で土地を相続したはずの経緯が抜け落ちていた。

法定相続分通りではない分割協議が行われていたが、どうやら登記がなされていない。

理由は簡単だった。父が亡くなった夜、協議書の原本が紛失していたのだ。

月夜の記憶

鍵はあの夜の出来事

依頼人の弟は、「兄が勝手に捨てたんじゃないか」と疑っていた。

ところが、俺が確認した限り、兄は数年前に脳梗塞で寝たきりになっていた。

捨てることすらできない身体だったのだ。

やれやれ、、、紙一重の真相

サザエさんならタマが加えてた

俺は思った。「まるでタマが書類をくわえて外に逃げたみたいな話だな……」

だが違った。庭の物置の隙間に、ネズミの巣と一緒にその原本が見つかった。

風で飛ばされ、そこに滑り込んだらしい。まったく漫画みたいな結末だ。

再構成される記録

それでも修正できない日付

原本が見つかったことで、名義変更はスムーズにいくことになった。

だが日付の修正だけはできない。登記簿に書かれた年月日は、現実とは違っていた。

それは月光に照らされたまま、静かに記憶として残る。

サトウさんのぼやき

最後は片付けも私ですか

「登記って、人生そのものが出ますね」とサトウさんは言った。

俺は深くうなずいて、「でも、どんなに人生を修正したくても、登記は書き直せない」

「やれやれ、、、そういうとこ、法律って冷たいんですよね」

そして月はまた昇る

変わらないものと変わるもの

帰り際、空を見上げると、月はまたそこにあった。

変わらないものがあるのは、悪いことじゃない。

そう思いながら、俺は今日の分の愚痴をひとりごちた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓