朝のエビフライと一本足りない謎
その朝、事務所に届いたのは、冷めかけた弁当だった。差出人不明、封もしていない。中には白米ときっちり揃ったエビフライが——いや、正確には五本入りのはずが、四本しかなかった。
「誰かがつまみ食いした?」などと考えていたところに、冷ややかな視線が刺さる。サトウさんだった。
サトウさんの冷たい一言
「司法書士の弁当分析まで請け負う気はありませんが」と、いつもの通り塩対応。けれど、彼女の視線は弁当箱のすみに残るタルタルソースの痕跡に鋭く留まっていた。
「これ、家庭で作ったやつですね。市販とは違います」と彼女は言う。つまり、誰かが“意図的に”私にそれを送りつけた可能性がある。
冷蔵庫に残された一枚のメモ
昼休み、私が事務所の冷蔵庫を覗いたとき、それはあった。黄ばんだメモ用紙に走り書きで、「家系図は揚がる前に整えておくこと」と。
意味不明な文面だが、「家系図」「揚がる」という単語が今朝の弁当と不気味に重なる。奇妙な悪戯か、それとも警告か。
依頼人は戸籍の迷路を持ち込んだ
午後、年配の女性が訪ねてきた。手にはボロボロになった封筒、そして中には……やたらと改ざん跡の多い戸籍謄本が何枚も詰まっていた。
「この中の誰が、私の父親か分からないんです」と彼女は言った。そんなバカな話があるかと思ったが、名前も続柄もいびつで、確かに奇妙だった。
家系図の線が交わるところ
私が手元の紙に家系図を手書きで起こすと、ある一点で名前が二重になっていることに気づく。「佐藤清一」という名前が、異なる枝に二度登場していた。
そのどちらにも、「料理人」「店を構えていた」との記載。つまり、同一人物である可能性が高い。
消された名前と謎の長男
さらに目を凝らすと、清一の長男欄が塗りつぶされていた跡があった。昔の手書き戸籍で消された名前は、「宏二」と読めた。
「父の話では、兄が一人いたけど家を出て行ったって」と依頼人。だが、その兄がこの家系図から“揚げられている”としたら——。
エビフライをめぐる家族会議
週末、依頼人の家で開かれた「家系確認会議」に同席することになった。名目は家系図の整理だが、実質的には遺産相続の前哨戦だった。
驚くべきはその席に、「宏二」を名乗る男が現れたことだった。どこか影があり、揚げ物の匂いをほんのりまとっていた。
居間に集まる血縁者たち
集まった親族たちは、みな一様に緊張していた。宏二の登場で、相続の前提が崩れかねない。弁当を送ったのは彼ではないかという疑念も浮かぶ。
「あなた、弁当送りました?」と私が問うと、彼は目を逸らし、「昔、実家でやってたんです。揚げ物屋」とだけ答えた。
揚げるか揚げないかそれが問題
遺産は小さな土地と、ひとつの名義のみ。だが「誰が長男か」で分配は変わる。揚がる者がいれば、落ちる者もいる。
やれやれ、、、まるでサザエさんの家で相続問題が起きたようなドタバタだった。
登記簿の裏に潜む秘密
ふと、私は昔の登記簿に目を落とした。そこには、微かに“宏二”の名があった。今は消されていたが、確かに一度、登記された痕跡がある。
「この登記、抹消じゃなく“隠蔽”だな」と私はつぶやく。誰かが意図的に家系図と名義から彼を外したのだ。
実は隠し子がいたという事実
戸籍と照合した結果、宏二は清一の店の常連女性との子だった。ただし、非嫡出子として認知だけされていた。
つまり、名義上の相続権はないが、実際には最も店を手伝い、エビフライを揚げ続けていたのは彼だった。
やれやれ、、、書き間違いじゃないかこれ
私は登記原因証明情報の誤記を見つけた。「平成十三年」と書くべきところが「昭和十三年」になっていた。致命的なエラーだ。
おかげで、宏二の抹消登記は無効となった。つまり、宏二には相続権が“再揚げ”されたのだった。
最後のエビフライが語る真実
会議の帰り際、宏二がぽつりとつぶやいた。「弁当は、誰かに思い出してほしくてね。父さんの味を」。
私はその声に、ほのかな衣の音を聞いた気がした。失われた家系図の線が、またひとつ揚がったように思えた。
遺言書と弁当箱の符号
後日、古い弁当箱の裏から、清一の手書きの遺言書が見つかった。「宏二に、店と味を託す」とだけ。
それは形式上、無効だったかもしれないが、みな納得していた。味と記憶は、法律以上に正直だった。
名義の逆転と皿の行方
結局、土地と店は宏二が受け継ぐことになった。エビフライの皿は五本に戻り、再び店で客を待つ。
私はその日、初めてタルタルの深い味に心が解かれた。揚がったのは、ただのエビだけじゃなかったのだ。