君が相続人に選ばれた理由

君が相続人に選ばれた理由

君が相続人に選ばれた理由

相続という言葉には、得体の知れない重みがある。 ましてや、それが「自分一人だけ」となると、そこに影が差す。 その日、事務所のドアを開けたのは、見覚えのない青年だった。

朝一番の訪問者

夏の湿気が肌にまとわりつく朝、まだ書類に目も通していない時間帯だった。 「相続の件で相談したいんですが」と、その男は言った。 Tシャツにジーパン、場違いな格好だったが、目だけは妙に澄んでいた。

遺言状の封を切るとき

持ち込まれた遺言状は、封筒の角が少し折れていた。 「父が亡くなりまして」と青年は言い、震える手でそれを差し出す。 形式に不備はない。だが、内容には違和感があった。

相続人は一人だけだった

通常、兄弟姉妹や妻、子どもたちの名前が並ぶはずのその紙には、彼の名前だけが記されていた。 「君だけにすべてを相続させる」——それが、父親の最後の言葉だった。 まるで、他の家族を断罪するかのように。

亡き父の奇妙な指示

「この相続は君が誠実に完了させろ」と続く一文。 誠実とは何を意味していたのか。財産目録を見ると、預金口座のひとつが不自然に空だった。 そして登記簿に記載された不動産が、どういうわけか仮登記のままだった。

サトウさんの冷静な推理

「不動産の名義が変わってないのに、預金が引き出されてる。これは普通じゃありませんね」 PCを打ちながら、サトウさんはぴたりと事実を突く。 塩対応は相変わらずだが、こういうときは実に頼りになる。

消えた通帳と謎の印鑑

青年の母親は通帳を見たことがないと言う。だが、印鑑が最近になって見つからないとも。 「父は…母を信用してなかったのかもしれません」青年は目を伏せた。 家族の亀裂が、ここに至って一気に噴き出したようだった。

相続放棄の署名に隠された真意

兄と姉は、なぜかあっさりと相続放棄の書類に署名していた。 その日付が、父の死亡日前日だったことにサトウさんが気づいた。 「やれやれ、、、これはまた厄介なことになりそうです」と、思わず口をついた。

隠し部屋に残された録音データ

父の書斎の壁裏から、小さなレコーダーが見つかった。 中には、父の声で「私はすべてを知っている」と語る音声が残っていた。 家族の一人が、父に無断で預金を引き出していたという告白だった。

父が最期に選んだ「家族」

相続を託された青年は、実は再婚相手の連れ子だった。 だが、病床の父が最後まで傍にいて欲しいと願ったのは彼だった。 実子よりも信頼したのは、血ではなく心だったのだろう。

本当の相続人は誰だったのか

法律上は彼一人。だが、真の意味で「父の想いを引き継ぐ者」は誰だったのか。 それは、法定相続の枠に収まる話ではない。 あの日、笑って別れた父の顔だけが、彼にとっての答えだった。

僕が引き継いだもの

手続きは粛々と進んだ。財産の名義変更、税の処理、各種届け出——それらを見届けながら、彼は小さくつぶやいた。 「俺は金じゃなくて、父さんの思い出をもらったんだと思います」 それを聞いて、久々に背筋が伸びた気がした。

法定では語れない絆の証明

制度がすべてを測れるわけじゃない。 書類の中にない「感情」や「信頼」こそが、本当の相続財産だったのかもしれない。 そう思える瞬間が、司法書士として一番嬉しいのかもしれない。

そして日常は続いていく

「次のお客さん、古い登記の更正らしいです」サトウさんが言う。 「うわ、また古文書みたいな謄本かよ…」と嘆くと、彼女は無言で書類を差し出した。 やれやれ、、、俺の日常も相変わらずだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓