消された家の登記簿

消された家の登記簿

消された家の登記簿

朝一番の不審な来客

午前9時を5分過ぎた頃だった。事務所のドアが、遠慮がちに開かれた。 入ってきたのは、年のころ七十を越えるだろう女性。杖をつき、分厚いファイルを抱えていた。 「家のことで、ちょっと見てほしいものがあってね……」そう言って差し出されたのは、古びた地図だった。

公図にない家?

地図を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。 その場所には、確かに建物が描かれていた。だが、法務局の最新の公図にはその建物の存在はない。 「ここに私の父が建てた家があるはずなんです。でも、誰に聞いても“そんな家は存在しない”って……」

境界線の上に建つもの

実際に現地に足を運んでみると、そこには明らかに人が住んでいる形跡のある木造住宅が存在していた。 古い瓦屋根、割れかけたガラス、しかし玄関には靴が二足。郵便受けには昨日の日付のチラシも。 「これは、完全に“存在してる家”だよな……」と呟くと、横でサトウさんがため息をついた。

法務局での違和感

土地台帳、登記簿、閉鎖登記簿……調べられるものはすべて調べた。 だがどれにも、この家が建っているという情報は一切ない。 法務局の担当者も怪訝そうに「この辺りは昔、地番の整理があったから……」と濁すばかりだった。

消えた閉鎖登記簿の謎

本来ならば倉庫に保管されているはずの閉鎖登記簿の一部が見つからなかった。 まるでそのページだけが意図的に抜き取られたかのようだった。 「これは……誰かが“なかったことに”しようとした形跡だ」とサトウさんがぽつりと言った。

サトウさんの冷静なツッコミ

「先生、これ地図の縮尺がおかしいです。隣地との境界線が直線になってますけど、実際はカーブしてます」 言われて現地写真と照合すると、確かに微妙に違っている。 「つまり、登記のミスではなく、地図そのものが改ざんされてる……?」

シンドウ、思い出す一件の過去

その地番と酷似した別の相談が、3年前にもあったことを思い出した。 当時は「昔の土地台帳の文字がかすれて読めない」という理由で処理されていた。 「まさか、あれと繋がってるのか……?」

やれやれ、、、また面倒な話か

事件の匂いがすると、決まって胃が痛くなるのがこの体質だ。 「やれやれ、、、公図と現実の間でサザエさんの町内会並みにややこしいことになってるぞ」 吐き捨てるように言った俺の背中で、サトウさんが静かに笑った気がした。

境界確定図面に隠された改ざん

古い図面を拡大してみると、消された跡と上から書き直された線が浮かび上がった。 どうやら境界線を意図的に変更し、存在していた家を隣接地の一部に見せかけていたようだ。 しかも、その時期は土地の評価替えがあった直後。税逃れ、もしくは相続隠しの可能性がある。

元所有者の影と残された遺留品

古い家の押入れから出てきたのは、昭和40年代の日記帳だった。 そこには「この家は祖父が苦労して建てた」「なぜ役所に無視されるのか」との記録。 ページの端には“カゲハシ”という名前が何度も繰り返されていた。

仮登記の痕跡と塗りつぶされた線

役所の倉庫から仮登記台帳の写しを取り寄せると、そこに“カゲハシ一郎”の名が。 どうやら正式な登記手続きが終わる前に彼が亡くなり、その後誰も手続きを継がなかったようだ。 そして誰かがその空白を利用して、意図的に地図から家を“消した”。

昔の地番変更と謎の空中地権

調査を続ける中で見えてきたのは、地番変更のたびに書類が失われていた事実。 法の隙間に生まれた「存在しない土地」の上に、実際には人が住んでいた。 それを知っていながら黙認していた者が、地元に少なくとも一人はいた。

登記簿上に存在しない家の真相

すべてを繋げると、家は正式な手続きを経ずに存在し続けていたことになる。 それでも、住み続けた家族の証言と、日記に残された記録がすべてを語っていた。 登記にないからといって、その家の存在が“なかった”ことにはならない。

サトウさんの推理と現地調査

「これ、きっと隣の地主が昔から狙ってたんですよ。隣地合筆して、将来的に開発に使うつもりだったのかも」 現地に置かれた測量杭の歪みと、新しい境界杭の位置がそれを示していた。 「証拠としては弱いですが、裁判になれば状況証拠として十分です」

すべては祖父の名義変更から始まった

元所有者カゲハシ氏が死亡後、相続人が正式な変更を怠ったのが事の発端。 それを狙って、地元の地権者が“登記簿にない家”として意図的に葬り去った。 だが、司法書士としてできることはまだある。

忘れ去られた家に灯がともる日

登記回復の訴え、境界確定の協議、そして相続人による申請。 手間はかかるが、あの家はまた“存在を認められた家”として蘇ることになった。 見上げた屋根に差し込む西日のように、静かで、確かな再出発だった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓