遺産分割協議書と不在の印
疑念の始まり
ある日、郵便受けに一通の分厚い封筒が届いた。依頼者は地方の資産家の親族で、施設に入所中の被後見人の代わりに遺産分割協議を進めたいという。だが、同封された協議書に押された被後見人の署名と印影が、どうにも不自然だった。
サトウさんの冷静な指摘
記憶のズレ
「この人、去年の診断書で意思能力がないと判定されてましたよね?」 書類の束をめくっていたサトウさんが、さらりと告げた。彼女の冷静な指摘は、ぼくの中にあった違和感を決定的なものに変えた。
後見人の不可解な沈黙
電話越しの壁
後見人に電話をかけた。温厚そうな声ではあったが、質問に対しての応答は曖昧だった。「専門家の判断を尊重したまでですから」 曖昧な敬語の奥に、なにかを隠す気配が漂っていた。
やれやれ、、、またこんなやっかいな案件か
コーヒーと後味
インスタントの薄いコーヒーをすすりながら、天井を見上げた。司法書士なんてものは、つくづく“面倒な書類”を巡って右往左往する職業だ。けれど、今回はそれだけじゃ済まない気がしていた。
財産目録の不自然な空欄
空白の意図
後見人が家庭裁判所に提出した財産目録に、奇妙な空白があった。施設の所在地周辺にある土地の一筆がごっそり抜けている。「この土地、確かに本人の名義だったはずなんですけど」 調査を進めるにつれ、隠された意図が浮かび上がってくる。
登記簿に現れた第二の名前
名義変更の怪
法務局で確認した登記簿には、見知らぬ老人の名前が記載されていた。しかも所有権移転の登記日は、被後見人が転倒して入院した直後だった。 「偶然にしてはタイミングが良すぎる」
被後見人が残した日記の断片
叫びの形
施設の職員が渡してくれた古びた手帳には、震える文字でこう書かれていた。 「わたしは しらない うばわれた」 文字の乱れが、その時の被後見人の混乱と無力さを物語っていた。
管理者の言い訳と薄い笑み
鍵の所在
「入所者の方には自由に外出してもらってますから」 管理者は笑っていたが、なぜかその笑みには芯がなかった。外出届の記録には、その土地の登記日とぴったり一致する日付が抜け落ちていた。
過去の登記ミスと謎の司法書士
思い出の端緒
資料をめくるうちに、10年前の登記に別の司法書士の名前が出てきた。どこかで見覚えのある名前だった。 「昔、バイト先の飲み会で聞いたな、、、」 ぼんやりとした記憶が、今回の事件の輪郭を浮かび上がらせていく。
サトウさんの逆算ロジック
タイムラインの罠
「つまり、土地の移転も日記も、ぜんぶ操作可能だったということですね」 冷静に状況を整理するサトウさんの推理に、ぼくはうなずいた。問題は、この“後見制度”そのものが悪用されていたということだ。
裁判所での静かな爆弾
供述書の威力
被後見人の兄が提出した供述書には、驚くべき事実が記されていた。「本人が署名していたのを見たことはない」 それが後見人の信用を揺るがせた。
被後見人の「叫び」が届いた日
裁定と回復
後見人の選任は取り消され、土地の名義も元に戻った。本人は認知症の進行が進んでいたが、「ありがとう」とだけは言った。 その言葉が、ぼくの胸にずしりと響いた。
新しい後見人と遅すぎた春
静けさの中の安堵
新しく選任された後見人は、地域のベテラン社会福祉士だった。これでようやく、彼の生活が安定するだろう。 外では、桜が一斉に咲き始めていた。
もう一つの依頼
机の上の封筒
事務所に戻ると、サトウさんがすでに席に戻っていた。「次、商業登記のご依頼です。少し変な匂いしますけど」 うんざりしつつ、しかしどこかでまた血が騒ぐのを感じた。
やれやれ、、、休む間もないな
いつもの結末
ぼくは椅子に深く座り込み、空を見上げた。 やれやれ、、、また一波乱ありそうだ。