登記簿が知っていた秘密

登記簿が知っていた秘密

登記簿が知っていた秘密

朝一番の来訪者

午前8時半。コーヒーもまだ口にしていない時間に、ドアベルが鳴った。
扉の向こうに立っていたのは、顔に深い皺を刻んだ老婦人。
その手には、茶封筒と古ぼけた謄本が握られていた。

売買か贈与かそれが問題だ

封筒の中には、一筆書かれたメモと、印鑑証明、そして不動産売買契約書が入っていた。
しかしその契約書には、所有権移転の原因として「贈与」と「売買」が二重線で訂正されていた。
「どっちにしても名義を変えればいいんですよね?」老婦人の質問は、悪気のない罠のようだった。

事務員サトウさんの冷静な指摘

「これ、契約書の日付より前に登記識別情報の交付済になってますね。おかしいです」
パソコン画面を見つめながら、サトウさんがポツリと漏らす。
その言葉に、私は背中に嫌な汗が滲むのを感じた。

書類に滲んだ違和感の正体

契約書の筆跡が微妙に異なっている。特に「贈与」の文字だけが不自然に浮いていた。
よく見ると、署名欄の名前の「山」の字も、少し角度が違う。
経験則が警鐘を鳴らしている。これは、誰かが“過去”を操作しようとしている。

誤記では済まされない名義の闇

「訂正印で済ませられると思ってたんです」老婦人の声が震えていた。
だが、その震えが演技なのか、後悔なのか、判断がつかない。
「ご家族は、この件をご存知ですか?」と尋ねると、彼女は黙って視線を逸らした。

登記簿に記された過去の痕跡

閉じた登記簿謄本の中には、10年前の相続登記が記されていた。
当時の名義変更も、その際の印鑑証明も、妙に“完璧”すぎるほど整っている。
だが、整いすぎているがゆえに、その整合性が不気味に感じられた。

亡くなったはずの所有者の署名

「…この署名、本当に本人のものですか?」サトウさんが鋭く指摘する。
照合した筆跡データと明らかに一致しない署名。
まるで名探偵コナンの劇中のような展開に、私は目を疑った。

元野球部の記憶が導いた一手

ふと、高校時代の野球部の監督の言葉を思い出した。
「打てないときは、相手の癖を読むんだ。フォームは嘘をつかない」
署名も同じだ。人の手癖は隠せない。私は過去の登記簿から癖を拾い上げた。

やれやれ司法書士に休みはない

コーヒーはとっくに冷めていた。
あれだけ早起きしたのに、もう午前中が潰れたことを悟る。
やれやれ、、、またこのパターンか、と天井を見上げた。

サザエさん的家族関係の伏線

調査を進めると、依頼者の長男と登記名義人の間に過去の養子縁組があったことが発覚。
それも、火曜日のサザエさんに登場するタラちゃんの家庭並みに複雑な人間関係。
彼らはその事実を伏せたまま、名義変更を操作しようとしていたのだ。

司法書士の逆転ホームラン

「法的には、この手続きは成立しません。もう一度、相続関係から整理しましょう」
そう伝えた瞬間、老婦人の顔色が変わった。
観念したように、もう一通の手紙を差し出してきた。それには、真実が書かれていた。

サトウさんの一言が事件を決めた

「嘘をついたって、登記簿は訂正できませんよ。記録は残るんです」
その言葉が、最も効いたようだった。
老婦人はゆっくりと頷き、静かに立ち上がった。

真実は書類の向こうに

事件は法廷ではなく、机の上で終結した。
だがその余波は、書類の端々に滲み、確かに何かを残していた。
「紙の証言者」は、静かに、だが確かに真実を語っていた。

嘘をつかない登記簿と人の心

私は改めて思う。登記簿は嘘をつかない。だが、人はつく。
そしてその嘘は、紙に滲んで残る。
法は過去を正すための道具だが、嘘の上には立たない。

謄本に刻まれた最後の証言

謄本の余白に、手帳のメモを挟んでおく。
それは、この一件を忘れないための個人的な記録だった。
司法書士として、そして一人の人間として、心に刻んでおきたい出来事だった。

静かな事務所に戻る日常

時計を見ると、すでに午後4時。
「今日の登記申請、間に合います?」とサトウさん。
「やれやれ、、、今から出してきますよ」私は立ち上がり、薄曇りの空を見上げた。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓