登記簿の中の幽霊

登記簿の中の幽霊

古びた家屋に届いた一通の相談

午後の事務所に届いた封筒の中には、薄く色あせた登記簿の写しと共に一枚の手紙が入っていた。差出人は町外れの古民家に住む老人で、奇妙な相談が記されていた。「登記簿に知らない名前が載っていて、売れないのです」とのことだった。相続登記をしないまま放置された典型的なパターンかと思いながら、私は書類に目を通した。

登記簿上に現れた見知らぬ名義人

写しに記された名義人の名前は、依頼者とはまったく関係のない人物のものだった。しかもその名義人は、昭和四十年代に死亡している記録が戸籍に残っている。ではなぜ彼の名前が今も登記簿に現れるのか。手書きの謄本写しには、赤線が引かれた修正跡があり、それが逆に古びた恐怖をにじませていた。

現地に残された謎の紙片

サトウさんと一緒に現地を訪ねたとき、玄関の柱に封筒が貼り付けられていた。中には不動産業者の名刺と、「見るな」と走り書きされた紙片が一枚。どうやら誰かがこの土地に干渉しようとしているようだ。幽霊よりも怖いのは、生きている人間かもしれない。

サトウさんの冷静な推理

事務所に戻ると、サトウさんはパソコンの前で黙々と地番情報を照合していた。「これ、地番が間違ってます。正しくは隣の土地の所有者です」と彼女は静かに言った。つまり、登記簿に載っているのは、依頼された土地ではなく隣地のもので、それが混在していたというわけだった。

地番の違和感に気づいた瞬間

確かに、地図で確認すると境界線が微妙にずれていた。昭和時代の手書き地図のずさんな記録が、幽霊のような誤認を生み出したのだ。私は思わず頭をかきむしった。「やれやれ、、、こんな凡ミスで振り回されるとはな」。

昔の謄本に記された赤い印

その後も旧謄本をあさっていたところ、一枚だけ「更正登記済」の赤スタンプが押された謄本が出てきた。そこには、かつての司法書士が誤って登記を二重に入れたという訂正の記録があった。まるでルパン三世が偽札工場に仕込んだ偽証明のようだ。だがこれは実際にあった登記の過誤だった。

空き家バンクと不動産業者の影

話を聞きつけた町の不動産業者が、その土地を安く買いたたこうとしていた。空き家バンクに登録させ、名義不明を理由に査定額を意図的に下げようとしていたのだ。「幽霊名義」が市場価値を失わせる道具として使われるとは、皮肉な話である。

売買契約が動き出した裏側

不動産業者と依頼者が交わしていた仮契約書には、すでに印鑑が押されていた。だが所有権移転登記が不可能とわかるや否や、業者は手を引いた。この手のトラブルはまさに「怪盗キッドの煙玉」のように一瞬で消え去る。だがその跡に残るのは、混乱と不信だけだ。

司法書士の見落としが呼ぶ危機

思い返せば、最初の地番照合をもう少し丁寧にしていれば、ここまでややこしくはならなかったのだ。私は自分の書類チェックの甘さを反省した。いつも「最後に決める男」なんて言ってる場合じゃない。だが、それでもまだ巻き返せるだけの情報は揃っていた。

登場するもうひとつの「所有者」

登記簿に記された故人の親族を調べていくと、なんと東京都内に住む甥が現存していた。しかもその人物は、すでに相続放棄をしていたはずなのに、誤ってその土地の単独相続者として登記されていた。どうやら当時の手続きミスが大きな混乱を生んでいたようだ。

生きているのか死んでいるのか

法務局の職員も首をひねる中、その甥に連絡を取ると「え?そんな土地、知りませんよ」と驚かれた。彼は幽霊でもなんでもない、ただの善良な会社員だった。だが書類上ではしっかりと「所有者」となっているのだ。亡霊の正体は、紙の中に閉じ込められた行政の誤記録だった。

貸金庫の中にあったもの

その甥の協力で古い貸金庫が開かれ、中から出てきたのは、旧所有者の直筆のメモと印鑑だった。「譲渡するつもりだったが、相手が亡くなった」と走り書きが残っていた。あの家は、過去の未練と約束を引きずったまま、登記簿の中で時を止めていたのだ。

そして「やれやれ、、、」の一言とともに

誤登記を更正し、関係者の合意を取りつけるのに一週間かかった。ようやく全てが整い、私は登記申請を終えた。サトウさんは淡々と処理を進めていたが、帰り際に「でも、こういう事件のほうが司法書士らしいですよね」とぽつりと言った。「やれやれ、、、俺は幽霊よりサトウさんの方が怖いよ」と私は苦笑した。

最後に暴かれる名義の真実

依頼者は涙ぐみながら感謝してくれた。「まさか自分の家が幽霊屋敷扱いされるとは思いませんでしたよ」と。その土地は無事、空き家バンクに正当な手続きで登録され、次の住人を待つこととなった。名義の中に棲んでいた亡霊も、ようやく成仏できたようだ。

静かに閉ざされる土地の記憶

この仕事をしていると、書類の裏にある人の記憶や思いに触れることがある。それはまるで、サザエさんのエンディングのように、毎週繰り返されるのに、どこか切なくて温かい。私はそっとファイルを閉じ、次の相談者を待つことにした。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓