朱の印影が語る嘘
忙しい月末に届いた封筒
月末の午後、事務所の郵便受けに無造作に突っ込まれた一通の茶封筒。差出人はなく、切手も貼られていない。中を開けると、委任状と印鑑証明書、そして何やら古びた登記事項証明書の写しが出てきた。依頼者の名もなければ連絡先もないという妙な案件に、私は眉をひそめた。
サトウさんの冷たい指摘
「これ、委任状の日付が昨年になってますね。しかも印鑑証明の発行日が今年です。ちぐはぐですね」 隣の席からサトウさんの声が飛んできた。相変わらず容赦がない。私は返事もできず、書類に見入った。やれやれ、、、今日も平穏な一日は来なかったか。
登記原因が曖昧すぎる
登記原因欄には「相続」とだけ書かれていた。しかし、何の説明もなく相続登記を頼んでくるなんて常識では考えにくい。加えて、同封された遺産分割協議書には三人の署名があるが、署名の一つが他と明らかに筆跡が異なっていた。
赤い印鑑証明の違和感
添付された印鑑証明書を見て、私は小さく唸った。印影が微妙に滲んでいる。あたかも、朱肉ではなくスタンプ台で押されたような…不自然な赤だ。司法書士でなくても分かる偽造の匂いが漂っていた。
相続人が一人多い
戸籍を取り寄せると、そこには記載されていない人物が一人、協議書に含まれていた。「名義貸し? いや、それよりも…」私の頭にある疑念が浮かんだ。いわゆる“なりすまし”の可能性だ。
昔の登記簿にあった名前
私は法務局で旧登記簿を確認した。そこには協議書に記載された“謎の相続人”と同じ名が記されていた。しかし、その人物は二十年前に家を出て行方不明とされている。まさか、亡くなったのでは?
消えた委任状と二重の謎
数日後、依頼者からの電話が来た。「すみません、提出した委任状、返してもらえませんか?」 思わず背筋が寒くなった。なぜ急に? そもそも匿名で書類を送りつけてきた者が、なぜ私の番号を? これは単なる登記ではない。そう直感した。
地元の印鑑屋を訪ねて
疑念を確かめるため、私は商店街にある老舗の印鑑屋を訪れた。証明書を見せると、老店主は一目で言った。「これ、うちの朱肉じゃない。インクスタンプやね」 やはり。印影は偽造されたものだった。
朱肉の色が語る真実
インクに含まれる成分は、通常の朱肉とは違い化学的に分析できる。私は知り合いの文書鑑定士に印影を送った。返ってきた答えは「市販の事務用スタンプインクで押された疑いがある」というものだった。
遺言書の影に潜む罠
さらに調査を進めるうちに、依頼者が持っていたという遺言書が無効である可能性が濃厚になった。家庭裁判所の検認もなく、単なる写しに過ぎなかったのだ。完全にアウトである。
登記のミスか意図的な細工か
サトウさんは冷静に言った。「これ、登記官が見逃したら不正登記になるところでしたね」 私はうなずきつつ、自分が危うく共犯にされかけていたことに気づき、ぞっとした。うっかりにもほどがある。
サトウさんの容赦ない推理
「謎の相続人」は実際には亡くなっていた。協議書の筆跡も別人。そして印影は偽造。つまり誰かが“死者を使って相続を捻じ曲げようとした”のだ。 サトウさんの指摘は的確で、私はただ黙って聞くしかなかった。
やれやれそんなわけだったのか
依頼者と名乗る人物は、実は本当の相続人の一人だった。だが、遺産を独り占めするために偽の相続人をでっち上げていた。 「やれやれ、、、こんな話、サザエさんの波平さんでも一喝してるぞ」と私は皮肉をつぶやいた。
本人確認の落とし穴
今回の件で痛感したのは、本人確認の重要性だった。顔を合わせず、郵送のみで進めたことが、犯罪の温床になりかけていた。書類の裏側に隠れる“悪意”を、見逃してはいけない。
証拠が語る真の関係
文書鑑定、筆跡照合、そして印鑑の分析。それらがすべて揃ったとき、私はようやく真相にたどり着けた。 表面上の「相続」ではなく、隠された関係と遺産への執着が、事件の本質だった。
書類の向こうに見えた家族の歪み
事件は無事に未然で防がれた。だが、私の胸には重たいものが残った。家族というものは、時に他人以上に遠い。 私のデスクには、赤く滲んだ印影の写しがまだ置かれている。