登記簿の空白

登記簿の空白

登記簿の空白

奇妙な相談者がやってきた

ある秋の日の午前、うちの事務所に不思議な男が現れた。古ぼけたスーツに身を包んだその男は、名を名乗ると同時に「この家、私のものじゃないらしいんです」と言い出した。 相続か売買かと身構えたが、どうも様子が違う。名義が自分になっていないのに、固定資産税は自分に来るというのだ。

サトウさんの無言の視線

「全部預けますから」と差し出された封筒を、サトウさんが受け取る。その顔に一瞬、ピクリとした表情が浮かんだのを俺は見逃さなかった。 しっかり者の彼女が気になるということは、大抵ロクでもない案件だ。彼女は無言のままパソコンを立ち上げ、すぐに法務局のオンラインシステムを開いた。

登記簿にない名前

「確かに、名義人は別の名前になってますね。しかも、第三者。全く関係ない人です」 サトウさんの声は静かだったが、冷気のようなものを含んでいた。男が家を買ったという昭和の終わり頃、登記簿にはなぜか赤の他人の名前が刻まれていた。

古い書類に潜む違和感

持参された契約書のコピーは黄ばんでいた。昭和の終盤に作成された売買契約書。ところどころ手書きで加筆され、しかも訂正印がなかった。 法務局の登記受付印も、滲んでいて判読が難しい。あきらかに、何かが隠されていた。

やれやれ、、、また厄介なやつか

俺は椅子にもたれかかりながら呟いた。 「やれやれ、、、また昭和の地雷物件か」 この手の話は、深掘りすると碌なことがない。だが、手を引けばサトウさんが何か言ってくるのは目に見えていた。

家族の証言が食い違う

事情聴取に向かった先で、家族から真逆の証言が飛び出した。 「父の家だとずっと聞いていました」そう言い張る息子。 「そんな話は一度も聞いたことがない」と呆れ顔の娘。家庭内でも、真実は空白だったようだ。

名義変更されたはずの日付

登記簿を見ると、名義変更があったとされる日に何も記録されていなかった。 ページのその部分だけ、まるで誰かが抜き取ったかのように空白。 まるで「登記のサザエさん時空」だ。毎週日曜の夕方にリセットされるがごとく、何も記録に残っていない。

登記官の異動記録

昭和末期の法務局記録を調べると、当時の登記官がその月だけ異動で不在だったことが分かった。 後任は未経験の臨時補助者。その補助者が処理した案件で、同様の空白事例が複数見つかった。

隠された仮登記の痕跡

バックアップサーバの奥深くに残っていた削除済みログデータ。そこに仮登記の痕跡があった。 しかし、その仮登記は抹消された形跡も記録もなく、もはや電子の海に散った存在だった。

サザエさん時空のような混乱

「これはまるで、同じ話を永遠にループしてる感じですね。サザエさんが月曜にも放送されてるような違和感」 俺が言うと、サトウさんはため息ひとつ。「例えが古すぎます。あと、気持ち悪いです」 冷たい返しが沁みた。

鍵を握る旧地主の証言

かつて土地を売ったという老地主を訪ねた。彼は当時の補助者に茶封筒を渡したと、あっけらかんに話した。 「そのまま通してもらったよ。記録?そんなもん残ってるわけないじゃないか」 確信犯だった。

真犯人は登記補助者だった

全ての情報を整理し、浮かび上がったのは――あの補助者の杜撰な処理だった。 だが、彼は既に退職し消息不明。法的には追えない。記録の空白は、もはや誰にも埋められない傷だった。

最後に記された一行

俺は依頼人のために、所有権更正登記の申請書を整えた。 「登記原因 錯誤による修正」 それが、この事件に記された唯一の真実だった。

サトウさんの冷たい一言

「もうちょっと、まともな仕事だけ選んでくださいよ」 冷たい目で書類を整理するサトウさんに、俺は苦笑いするしかなかった。 やれやれ、、、またひとつ、余計な事件を拾ってしまったようだ。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓