登記されざる真実
山間にある小さな町で、ひとつの古びた家が火事になった。火災そのものはボヤで済んだが、現場に駆けつけた消防団員のひとりが「この家、登記されてませんよ」とつぶやいたことから、奇妙な事件の幕が上がった。
誰が住んでいたのか、何のためにあったのか、その建物の存在は役所の記録からも法務局の登記簿からもすっぽり抜け落ちていたのだった。
見えない家の相談者
サトウさんの塩対応と甘くないお茶請け
「すみません、登記のことでちょっとご相談が」と事務所に現れたのは、町内会の副会長を名乗る年配の男性だった。資料を持ってきたらしいが、何も書かれていない紙ばかりだった。
サトウさんは無表情に「甘納豆でもどうぞ」と差し出したが、その甘さと対応は真逆だった。私は早くも胃が重くなりそうだった。
登記簿に載らない謎の建物
「火事の家、住所はここです」と差し出されたメモには確かに番地が書かれている。しかし法務局の地図にはその番地に建物の表示がない。まるで地図の上で家が透明になっているようだった。
「やれやれ、、、またやっかいな案件が来たな」と、思わずため息をついた。
山奥にぽつんと建つ平屋
境界杭と壊れた表札
現地に行ってみると、ぽつんと一軒、昭和の香り漂う木造平屋が残っていた。庭には境界杭らしき石が傾いていて、表札は割れて読めない。
「まるでサザエさんの実家みたいな家ですね」とサトウさんが呟いたが、そこに笑顔はなかった。
まるで誰かに隠されていたような家
近所に住む老婆に話を聞くと、「あの家?昔は誰か住んでたけどねえ。なんか夜になると囁き声が聞こえてたよ」と言う。怖い話かと思いきや、実際は誰も見たことがない人物が出入りしていたという。
「忍者屋敷みたいな家ですね」と冗談めかしても、サトウさんの顔はますます曇っていった。
旧家の因縁と消えた相続人
家系図にはいない次男坊
古い登記簿を手がかりに辿った先で見つけたのは、ある旧家の家系図。だが不自然な空欄がある。「ここに“次男”がいたんじゃないですか?」とサトウさんが指摘した。
次男の名前は記録にも残っていなかった。まるで最初から存在しなかったかのように。
昭和の登記制度の抜け穴
昭和40年代の法務局には、建物表示登記を怠っても罰則がなかった時代がある。地元の工務店が非公式に建てたまま、登記をせずに引き渡したという話が出てきた。
つまりこの家は“存在していたが記録されなかった”というグレーゾーンに存在していたわけだ。
閉ざされた離れの鍵
中から聴こえた微かな「声」
平屋の裏手には、さらに小さな離れがあった。鍵は壊れていたが、扉を押すと軋みとともに開いた。中には古いタンスと布団と、埃だらけの写真立て。
そのときだった。確かに、誰かが「見つけてくれてありがとう」と言ったような気がした。
やれやれ、、、また幽霊案件か
もちろん誰もいない。音の出所は謎のままだ。私は背筋を正して一言つぶやいた。「やれやれ、、、また幽霊案件か」
サトウさんは「気のせいです。たぶん風です」とだけ言った。根拠はなかったが、異論も出なかった。
法務局職員の記憶と古い地図
地番と現況の奇妙なズレ
古参の法務局職員が「あの家、昔あったけどな。表示登記されてないんだよ」と言った。地番は合っていても建物の存在が地図に反映されていない。
「じゃあ幽霊じゃなくて、行政のミスってことですかね」と私が言うと、サトウさんが「それはそれで怖いです」とぼそり。
『家』ではなく『倉庫』としての登録
さらに調べると、該当の建物は「資材倉庫」として古い農地台帳にだけ存在していた。つまり、住居ではない扱いだったのだ。
そのまま相続が繰り返され、今や誰のものでもない「空き家」となっていたのである。
土地台帳に遺された暗号
文字ではなく位置が語る真実
建物が建っていた位置と、登記されていた倉庫の位置がぴったり一致した。つまり「家」はかつての「倉庫」の上に建てられ、しかしそのまま記録から抜け落ちた。
土地台帳の書き込みだけが、その事実を静かに語っていた。
登記されなかった理由
相続逃れか証拠隠しのためか
本当の理由は、どうやら先代の持ち主が「隠しておきたかった」らしい。相続税逃れなのか、あるいは何かをこの家に封じていたのか。
「どっちにしても、今さら登記しても無意味です」とサトウさんがきっぱり言った。
裏帳簿と元地主の告白
木造平屋に隠されたもう一つの死
かつての地主が認知症気味の口で語った。「あの離れには、、、あいつを埋めたんだ」。すぐに警察に通報されたが、証拠は出てこなかった。
ただ、その話が事実なら、あの「声」は単なる風ではなかったのかもしれない。
司法書士シンドウの逆転登記
未登記建物の存在を法的に浮かび上がらせる方法
私は火事現場の修復と同時に、建物滅失登記を逆用する形で法的に「存在していた証拠」を固めた。未登記の事実を記録として残すことで、土地の権利関係を整理することができた。
「やれやれ、、、なんとか辻褄は合ったか」と苦笑しつつ、私は書類にハンコを押した。
封じられた真実と静かな結末
サトウさんの一言と静かな午後
事件は結局、誰も罰せられることなく幕を閉じた。あの声の主も、登記されざる存在も、そっと風の中へと消えていった。
「ミステリって、意外と後味残るんですね」とサトウさんがぼそっと言った。私は何も言わず、ただコーヒーを一口すすった。