登記簿の空室に誰かいる

登記簿の空室に誰かいる

はじまりは登記簿の違和感から

共有名義の謎めいた会社

その朝、郵便受けに差し込まれていた一通の茶封筒が、全てのきっかけだった。差出人は見知らぬ合同会社の代表社員を名乗る人物。内容証明を添えて「登記上の代表者変更が不当である」との訴えがあった。読み進めるにつれ、僕の額にしわが寄っていった。

「また、妙な話が舞い込んできたな……」と独り言。そもそもこの会社、登記された事務所の住所がなんとも見覚えのある場所だった。そこには、僕が数ヶ月前に契約書作成を依頼された、いわくつきのシェアハウスがあったのだ。

共同生活の住人たち

問題の合同会社は、シェアハウスに住む4人が共同で設立したものだった。だが、そのうちの1人が数週間前から姿を消しているという。法人の登記はそのまま、銀行口座の出金が頻繁になり、他の住人が不安になったというのが経緯だった。

会社なのに社員は住人。会社の目的は共同生活の運営。まるで『ドラえもん』のスモールライトで縮小された町内会みたいな構造だった。

依頼人は少し挙動不審だった

同居人は知らない他人

面談にやってきた男性は、名刺も渡さず名乗りもしない。あくまで「代表者変更は無効だ」と主張するが、冷静に聞けば聞くほどその論理はあやふやだった。

共同生活をしていたというが、他の住人との関係性を聞くと「話したことはほとんどない」との返答。共同生活でそれはないだろう。共同代表が、まるでお隣の磯野家の人間関係すら把握していないみたいな話である。

設立目的がぼやけている

定款を確認すると、目的には「生活支援及び物品の共有」とだけ書かれていた。つまり、家賃の折半と日用品の共同購入のためだけに作られた会社だ。だが、実際には法人名義で複数の高額な契約がなされていた。

このギャップが、不穏な影をちらつかせていた。まるで『ルパン三世』が慈善団体のふりをして大英博物館の展示品を狙っているかのようだ。

サトウさんの冷静な指摘

登記住所に潜む矛盾

「代表者変更の届出書、変ですよ。筆跡、明らかに違います」 サトウさんがそう言って差し出したのは、法務局に提出された書類の写しだった。以前の記録と見比べると、確かに筆跡のクセが微妙に異なる。筆圧も不自然に薄い。

偽造か、それとも誰かが無断で提出したのか。急に空気がきな臭くなってきた。

共同代表者の名前が動いている

登記上の代表社員が、数週間の間に2回変わっていた。しかもそのすべてが、郵送による申請で処理されている。電子証明書を用いずに紙での提出となると、本人確認は弱くなる。つまり、偽装が容易になる。

「これ、第三者が書類を作った可能性ありますね」 サトウさんは相変わらずの塩対応だが、その分析は鋭い。

現地調査という名の小旅行

人気のないシェアハウス

調査のため、件のシェアハウスを訪れる。扉をノックしても返事はない。管理人のような人物も見当たらず、隣家に聞いても「最近、人の出入りが激しかった」との曖昧な情報しか得られなかった。

内部に踏み込むわけにもいかず、建物の周囲をぐるりと回る。窓越しに見えたリビングに、人影はなかった。

部屋に残された謎の印鑑

数日後、戻ってきた住人の一人から連絡が入った。「代表だった人の部屋に、知らない名前の印鑑がいくつも残されてたんです」。 それは法人印や個人実印、明らかに悪用目的の品々だった。

登記簿上の代表社員が、印鑑を使いまわし複数の口座を開設していた可能性が見えてきた。

やれやれ、、、怪しいのはこの人か

定款と契約書のギャップ

調査を進めると、法人名義で不動産投資の契約がなされていた。登記目的からは明らかに逸脱している。それを推し進めたのは、例の代表社員だった。

「やれやれ、、、これじゃあ共同生活どころか、共同詐欺ですよ」 つい口を突いて出たセリフに、サトウさんが目を細めた。

代表者変更届のタイミング

さらに怪しいのは、代表変更のタイミングだった。投資契約の直後に代表者が変更され、そのまま姿を消した。つまり、契約の責任から逃れるための策略だったのだ。

推理ものなら、犯人は必ず現場に戻る。だが現実の詐欺師は、契約書だけ残してどこかへ消える。

思わぬ場所から見えた真実

スマホに残されたメッセージ

住人の一人が、かつて代表だった男から受け取ったLINEのスクリーンショットを見せてくれた。「全部うまくいったら、シンガポール行こうぜ」 その言葉に、全てが詰まっていた。

動機は金。手段は合同会社。そして足がつかない生活共同体。

共有生活の裏に潜む動機

合同会社という器を使い、共同生活を隠れ蓑に詐欺行為を働いていた。住人たちはただの巻き添えだった。 不動産業者にも被害が及び、刑事事件に発展するのは時間の問題だった。

司法書士シンドウ最後の確認

代表者の署名に違和感

最後の決定打は、提出された契約書の署名だった。旧代表者のサインは筆記体で、流れるような文字だったのに対し、今回の契約書は、まるで小学生の模写のような不自然な形だった。

「やっぱり偽造か……」と、どこか呆れながらも心の中で確信した。

押印された印影の秘密

印影の比較も決定的だった。拡大して見ると、印影が微妙にズレており、複製スタンプによる押印だった可能性が高い。 それを証拠に、関係各所に通知を出す準備を始めた。

事実が明らかになる瞬間

詐欺と友情の境界線

元代表の居場所は掴めなかったが、残された契約書と電子記録から刑事告発へと道は開かれた。住人の中には涙を浮かべる者もいた。「信じてたのに……」その言葉が重くのしかかった。

合同会社の目的は何だったのか

生活を共にするための合同会社が、人の欲でねじ曲げられてしまった。だがそれは、仕組みのせいではない。使う人間の倫理の問題だった。

事件は終わったが仕事は終わらない

シェアハウスに静寂が戻る

あれだけ騒がしかったシェアハウスは、今は空き家となり、風だけが通り抜けていた。再び登記変更の手続きを行い、住人たちは散り散りに別の道を歩むことになった。

報告書を前に伸びをするサトウさん

「ふぅ……ようやく終わりましたね」 サトウさんが、コーヒー片手に書類の束を整理する。僕も背中を伸ばしながら、静かにうなずいた。

そしていつもの日常へ

やれやれ、、、またひと騒動だった

ようやく事務所に戻り、デスクに腰を下ろすと、次の依頼の封筒が積まれていた。やれやれ、、、休む間もない。 けれど、ちょっとだけ誇らしい。今日も誰かのために、僕の仕事は続いていく。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓