封鎖された書士会館の午後

封鎖された書士会館の午後

封鎖された午後の始まり

電話一本からすべてが動き出した

午後三時、事務所の電話が鳴った。書士会からの一本だった。
「至急、会館に来ていただけませんか。例の件で…」とだけ告げられ、詳細は伏せられた。
嫌な予感がしたが断れる空気ではなかった。こういう時はだいたいロクなことが起きない。

なぜか鍵が開かなかった書士会館の会議室

着いてみると会館の正面扉は開いていたが、奥の会議室には誰もいなかった。
事務局員が鍵を持っていたはずなのに、なぜか施錠されたままだという。
廊下に置かれた紙コップのコーヒーが、事件のような静けさに不気味な熱気を添えていた。

沈黙の議事録

議事録の一行が意味するもの

鍵が開けられると、長テーブルの上に整然と並ぶ書類の束があった。
その中の議事録の一枚に、赤線が引かれた部分があった。「全会一致にて承認」と記されていた。
だが、その会議に出席していたという人物が、実は当日不在だったという証言が出ていた。

前回の総会の参加者に違和感

名簿を見直してみると、参加署名欄にある一筆がどうにも不自然だった。
筆跡が他の書類と明らかに違うのだ。署名の位置も不自然に左にずれていた。
「これは…誰かが勝手に書いたんじゃないですか?」と、サトウさんが冷たく指摘した。

サトウさんの観察眼

誰が嘘をついているのか

「この決議、通ったことにして誰かが得をしてますね」サトウさんは壁にもたれながら言った。
確かに、この決議があれば特定の不動産の権利がある人物に移るはずだった。
その人物は偶然にも、会の重鎮の息子だった。

封筒の中の一枚の紙が動かす真実

ファイルの中に封筒が紛れ込んでいた。中には総会招集通知と一緒に、別紙の資料が。
「これ、提出された記録には無いですね」とサトウさんが睨む。
そこには「特例的取扱いにより~」と書かれており、まるで裏ルールの存在を暗示していた。

私はやっぱり見落としていた

やれやれ、、、というしかない初動

「なんで気づかなかったんだろうな…」自分でも情けなくなる。
あの議事録を最初に見たとき、違和感はあったのにスルーしていたのだ。
「元野球部なのにサインプレーには弱いんですね」とサトウさんの皮肉が飛んできた。

机の下に落ちていたもう一つの印鑑

書類を並べ直していると、ふと足元に何かが落ちていることに気づいた。
拾い上げてみると、それは見慣れない三文判。誰の物か一瞬では判断できなかった。
しかし、その印影が押された書類は、すでに役所に提出されたと後で知ることになる。

登記簿と出席簿の矛盾

紙の順番が逆転していた理由

登記簿上では既に所有権の移転が完了していた。不思議なのは、その日付が総会前だったこと。
「順番が逆なんですよ。登記が先に終わってる」とサトウさんがぽつり。
つまり、総会は既成事実を後追いで正当化するための芝居だったのか。

日付のズレが示す人物

さらに細かく見ていくと、決議の日付と署名日付にも不自然なズレが。
特に一人の人物だけが、署名日が他と二日もずれていた。
「この人、嘘ついてますね。多分、総会に出てない」とサトウさんが断言した。

消された総会決議

誰が会則を書き換えたのか

会則原本が保存されている棚を調べてみると、最新版にだけ鉛筆書きの訂正が。
「鉛筆とか…サザエさんのノリじゃないんですから」と思わず呟いた。
書き換えた形跡のある人物は限られていた。鍵を持っている職員は二人だけだ。

なぜ登記申請が一週間遅れていたのか

通常であれば、決議の翌日に申請が出されるはずが、なぜか一週間空いていた。
その間に何が起こったのか。職員の一人が休職し、別の者が代理処理していたという。
そして代理人の名が、例の三文判と一致していた。

浮かび上がる名前

旧役員と不動産会社の関係

調べを進めるうち、旧役員が退任後に地元の不動産会社の顧問に就任していたことが判明。
その会社は、今回の物件を取得したばかりだった。
「これ、完全に利益誘導じゃないですか」と、サトウさんがファイルを閉じた。

机の上に置かれていた預り証

最後の手がかりとなったのは、封筒の中に混じっていた一枚の預り証だった。
金額は小さいが、そこに記された依頼者名がすべてをつなげていた。
「あとは証拠写真と録音データをそろえれば終わりですね」とサトウさんは言った。

書類を追い詰める

写しと原本の僅かな違い

原本と写しの内容を比較すると、一文字だけ違う箇所があった。「譲渡」か「貸与」か。
この一文字が法的意味を変え、物件の扱いをまるで違うものにしていた。
まるで某名探偵のような細部のこだわりに、思わずゾクッとした。

サトウさんの冷たい指摘が突破口に

「あなた、ちょっと言葉足らずでしたよ」とサトウさんが容疑者に言い放った。
そこから彼は一気に崩れた。顔を歪めながら、何かを呟いて崩れ落ちた。
やっぱり彼女の鋭さには敵わないな、とぼくは内心で帽子を脱いだ。

犯人は誰なのか

真相と動機の交差点

動機は金でも権力でもなく、ただの「面子」だった。古参としての威厳を守りたかった。
だが、それが多くの信頼と制度を揺るがす結果となった。
誰よりも「正義」を口にしていた者が、最も制度を悪用していたという皮肉。

紙一枚で変わる運命

小さな紙切れ一枚。たった一つの印鑑。それがすべての鍵だった。
その紙がなければ、全ては闇の中に消えていただろう。
司法書士という仕事の重さを、改めて噛みしめる。

書士会の影と光

最後に笑ったのは誰か

会長は辞任し、総会はやり直しとなった。だが、本当に笑ったのは誰だったのだろうか。
不動産はすでに第三者の手に渡っていた。真実が明らかになっても、取り戻せるとは限らない。
結局、正しさとは結果ではなく、過程の中にあるのかもしれない。

会館を出ると蝉がうるさかった

外に出ると、眩しい陽射しと蝉の声が迎えてくれた。
「やれやれ、、、こんな暑さの中で、また事務所に戻るのか」とため息をついた。
その横で、サトウさんが既にエアコンのリモコンを操作していたのを、ぼくは見逃さなかった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓