奇妙な委任状が届いた日
筆跡の違和感と依頼人の不在
ある朝、事務所のポストに入っていた分厚い封筒を開けると、一枚の委任状が現れた。名義変更を依頼する内容だが、依頼人本人の姿はどこにも見当たらない。しかも、その筆跡が、どこか人工的で、やけに丁寧すぎるのだ。
消えた依頼人と残された書類
近隣住民の証言と空き家の謎
依頼人の住所を訪ねてみると、そこはすでに数ヶ月前から空き家だという。隣の老婦人が言うには、「最後に見かけたのは冬の終わり頃だったかしら」と、曖昧な返答。ポストにはチラシが積もっていた。
サトウさんの筆跡鑑定講座
筆圧と癖字に潜む証拠
「これ、違いますね。名前の“高”の払い方が不自然です」と、サトウさんが冷静に言う。机の引き出しから筆跡見本を取り出して並べてみると、その差は一目瞭然だった。偽造は素人の手によるものらしい。
やれやれ、、、印鑑だけは本物か
過去の登記簿から浮かぶ影
書類に押された印鑑はどうやら本物で、それが事態をさらにややこしくしていた。「印鑑だけ盗んで使ったのか?」と思い、過去の登記簿をひっくり返していくと、十年前にも似たような依頼があった記録が出てきた。
筆跡鑑定士との再会
10年前の贋作事件の真相
かつて贋作事件で世間を騒がせた筆跡鑑定士・黒須に連絡を取ると、「また君か」と笑われた。喫茶店で落ち合い、委任状を見せると黒須は眉をひそめ、「これは、あの時の“北川の癖”が残ってる」と即答した。
二通目の委任状
同一人物が書いた二つの人格
数日後、全く別の人物から委任状が届いた。だが筆跡を見た瞬間、背筋が寒くなる。「これは、前のと同じ人間が書いてますよ」とサトウさんが呟く。まるで多重人格者のように文体や筆圧が変化していた。
故人の財産と隠された養子縁組
筆跡が語る家族の崩壊
戸籍を調査すると、依頼人は数年前に死亡していた。そしてその直前、養子縁組の登記がされていた。筆跡の一致から見て、誰かが死後に書類を偽造し、財産を得ようとした形跡が濃厚になっていく。
暴かれる遺言書のトリック
封筒の折り目が示す改ざん
遺言書に見える封筒は、実は後から封緘されたものだった。折り目の位置が妙に浅く、しかも糊の質が異なる。ルパン三世の変装のように、誰かが見た目だけ整えたにすぎない。つまり、これは完全な偽装だった。
犯人は近くにいた
筆跡と口癖が一致した瞬間
「わたくし、遺言を預かっておりました」と現れた女性の手紙。その中にあった「高の字」の癖と、口頭での「〜でございますねえ」という口癖が一致した瞬間、すべてがつながった。犯人は依頼人の親族だった。
サトウさんの推理と逆転の結末
司法書士としての最後の一手
「筆跡だけじゃなく、提出のタイミングもおかしいんです」とサトウさんが決め手を指摘。私は静かに登記を却下する申立書を提出した。数日後、親族は書類偽造の容疑で逮捕された。
事件が終わり再び日常へ
今日もまた書類に囲まれて
事件が終わっても、机の上には今日も変わらず登記書類の山。コーヒー片手にため息をついた。「やれやれ、、、次は離婚協議の公正証書か」。日常という名の事件が、静かに私を待っている。