登記簿が導いた虚構
夏の終わり、事務所の窓から見える空はどこかぼんやりとしていた。蒸し暑さと共に、妙な違和感を孕んだ依頼が舞い込んできた。依頼内容は「古びた空き家の相続登記」。だが、その登記簿を見た瞬間、胸の奥がざわついた。
古びた相続登記の依頼
「この家、誰も住んでないのに相続登記されていないのは変ですね」とサトウさんが呟いた。冷静な声だったが、俺にはその言葉に警鐘を鳴らされた気がした。登記簿には、30年前に亡くなった名義人の名前が今も記載されていた。
空き家に残された違和感
現地確認のため訪れた空き家は、雑草が腰の高さまで伸びていた。隣の住人が言うには、「つい先週まで誰かが出入りしてた気がする」とのこと。鍵のかかった扉の前で、俺は背筋がすっと冷えるのを感じた。
登記情報の矛盾と過去の所有者
登記簿によれば、名義人は昭和の終わりに死亡。しかしその後、名義変更がされておらず、相続人の記録も曖昧だった。戸籍を辿ると、そこには名前だけがある「養子」の存在が浮かび上がった。
サトウさんの冷静な指摘
「この戸籍、見てください。死亡した日付の前日に養子縁組されてます。形式だけの養子じゃないですか?」そう言ってサトウさんは、アイスコーヒーのストローをくわえたまま、淡々と指摘した。うう、恐ろしいほど切れるな。
司法書士の勘と元野球部の勘
俺の中で何かがピンときた。試合で打者の癖を感じ取るときのような、あの直感だ。「この養子縁組、何かを隠すためのカモフラージュかもしれない」。事件は法律の外にある。いや、登記の裏にある。
誰が本当の相続人なのか
名義人には実子が一人いたが、その人物の存在は戸籍に記録があるだけで消息不明だった。養子とされた人物が実質的に財産を管理していたらしいが、その関係性には違和感しかなかった。
隠された養子縁組の痕跡
役所で調べた結果、養子縁組の証明書に提出された印鑑証明は、名義人の死亡届と同日付だった。誰が提出したのか、その筆跡が問題だった。俺はふと、あの「怪盗キッド」が変装する前に残す僅かな痕跡を思い出した。
戸籍の中に潜む小さなヒント
戸籍の続柄欄に記された“入籍”の文字。そのタイミングが妙だった。名義人の死の数日前に入籍?しかも住所は別居のまま。これはどう考えても、「見せかけ」の家族関係だ。書類の中に、動機が見え始めた。
現れた「もう一人の遺族」
ある日、事務所に現れた中年の女性。「あの家は私の母の家です」と語る彼女の話は、戸籍とは食い違っていた。だが、彼女の証言には不自然な点がなかった。むしろ、彼女こそが本物の相続人の可能性が高まった。
近所の噂と「空き家の女」
「あの家、夜になると誰か灯りをつけてたんだよ」と、近所の古株が教えてくれた。その話を裏付けるように、空き家の押し入れから生活用品が出てきた。これは“幽霊”ではなく“誰かが棲んでいた”証拠だった。
偽造された印鑑証明書
提出された印鑑証明は、フォントが明らかに違っていた。しかも、押印部分がスキャンしたように不自然に滲んでいる。これは確実に偽造。つまり、養子縁組も、それに続く相続権主張も、虚構だったのだ。
真犯人の意外な動機
真相は、遺産の独占ではなかった。彼は名義人と血の繋がりがないが、長年介護をしてきたという義務感と憎しみの裏返しで養子になったのだ。だが、その裏にあった感情は「この家に住みたい」という執着だった。
サトウさんの容赦ないツッコミ
「登記って、感情では動かないんですよ。法的に無理なものは無理ですから」そう言いながら、サトウさんは養子となった男に淡々と説明した。男は肩を落とし、「せめて家の片付けだけはさせてください」と言った。
うっかりが生んだ逆転の一手
実は俺、初期に取り寄せた書類をひとつ出し忘れていた。それが“実子の転籍届”だったのだ。やれやれ、、、最後の最後に重要書類を出しそびれるとは。でも、その1枚で、真の相続人を確定させることができた。
登記簿が語った真実
嘘で塗り固められた養子縁組と偽装された関係性。だが、登記簿と戸籍が静かに教えてくれた。「真実はいつも書類の中にある」――そうつぶやいて、俺は申請書類に印を押した。
そして日常へ戻る司法書士
事件が解決しても、俺の仕事は山積みのままだった。隣でサトウさんが「次の登記、期限ギリですよ」と淡々と告げる。やれやれ、、、俺の戦いはいつだって机の上にある。