目撃情報から始まる違和感
「最近、妙な人を見かけるんです」そう言って現れたのは、中年の女性だった。 彼女の話によると、毎朝決まった時間に、誰かが隣の空き家に入っていくという。だが、その家は数年前から空き家で、人の出入りはないはずだった。 しかも入っていく人物はいつもスーツ姿で、明らかに会社員風。鍵を使って堂々と入っていくらしい。
司法書士事務所に舞い込んだ奇妙な依頼
相談を受けたのは、うだるような夏の日だった。 「登記関係に詳しい人が必要で……」と言いながら彼女は、空き家の登記事項証明書を差し出してきた。 差出人名はその家の元の所有者。すでに亡くなっている人物だった。
サトウさんの冷静な第一印象
サトウさんは証明書を一目見て、ふっと鼻で笑った。 「誰が住んでいるかじゃなくて、誰が“住んでいたことにしているか”の話ですね」 まるでコナン君でも憑依したかのような推理に、思わず「やれやれ、、、」と漏らしてしまった。
依頼者の証言と矛盾する行動
依頼者は「私はその家のことが心配で……」と語ったが、どうも歯切れが悪い。 こちらから細かく質問を投げかけても、「たぶん」とか「記憶が曖昧で」と逃げ腰だ。 心配する割に、近隣の住人とも連絡を取っていないという。
通っていると言うが誰も見ていない
その家の前の道路には防犯カメラがあった。だが、数日に渡って記録を確認しても、誰かが入っていく様子は映っていない。 目撃情報はあるのに、証拠がない。どこかミステリー漫画的な不自然さを感じさせた。 「まるでルパンが仕掛けた幻覚装置ですね」とサトウさんがポツリとつぶやく。
鍵の受け渡しはいつされたのか
問題の家の鍵は、相続時に司法書士を通して一度だけ管理人に返却されていた。 だが、管理人は既に亡くなっており、遺族も鍵の所在を知らないという。 それでも誰かが出入りしている。鍵の出所が、事件の核心に近づく鍵となる。
家の所有者は誰なのか
登記簿上の所有者はすでに死亡し、相続登記がなされていた。 だが、その相続人の署名に違和感があるとサトウさんが指摘する。 「この筆跡、昔の職場で見たことあります」サトウさんは、以前勤めていた事務所の過去の案件に心当たりがあった。
登記簿から浮かび上がる旧姓
その相続人の氏名、よく見れば結婚前の旧姓で記録されていた。 本来であれば、相続登記時に現在の戸籍名でなされるはずだ。 明らかに登記が何者かによって偽装されていた。
債権者として現れた意外な人物
さらに調査を進めると、その家には最近抵当権が設定されていたことが判明する。 債権者の名義は、依頼者の旧友である税理士だった。 彼は「あの家に財産価値があると聞いた」と語るが、それは何を根拠にしていたのか。
家の中で見つけた「何か」
調査の末、正式に許可を得て家に立ち入ることになった。 玄関には靴が並べられ、冷蔵庫には飲みかけのペットボトル。 「空き家じゃないじゃないですか……」サトウさんの声に、僕は首をかしげた。
サトウさんが指摘した郵便物の違和感
郵便受けには差出人不明の封筒が何通も。すべて、差出日が数日前だった。 しかも宛名はどれも「居住者様」。転送もされず、家に届いたままだった。 「つまり、これは“今住んでいる人”がいる証拠です」とサトウさんが言い放つ。
台所に残された食器と生活の痕跡
食器棚には洗ったばかりのコップと皿。 換気扇のホコリは最近掃除された形跡があった。 まるで、誰かが「隠れるように」住んでいたかのようだった。
通っていたのは過去の記憶か現実か
依頼者は言う。「あの家には思い出があるんです。妻と暮らしていた頃の……」 だが、調べによると彼が住んでいたのは、別の区画にある類似住所の家だった。 記憶と現実が交錯し、真実は霧の中だ。
写真立ての裏にあった手紙
リビングに飾られていた家族写真の裏に、一通の手紙が隠されていた。 それは妻の筆跡で綴られた遺書めいた文章だった。 「あなたが通っている家は、もう私たちの家ではない」とあった。
「やれやれ、、、」思い出は証拠にならない
証拠が揃い、真相が明るみに出ても、依頼者は頑なに「この家が自分の家だ」と言い張った。 僕は「やれやれ、、、」とため息をつきながら、現実を理解させる難しさを噛みしめた。 思い出は人を縛る。それもまた、真実の一つなのかもしれない。
本当の通い先は別にあった
依頼者の車に残されたカーナビ履歴を確認すると、毎朝立ち寄っていた場所が別にあった。 そこは町外れの介護施設。登録名義は奥さんの旧姓だった。 彼は亡き妻の幻影を追い、間違った家に通い続けていたのだった。
ナビ履歴に残された異なる住所
ナビには、もう一つ未登録の住所があった。それは奥さんの実家だった。 通っていた先は、記憶の残像が導くままの場所だったのだ。 彼の中では、時間が止まっていたのかもしれない。
隣人が語った静かな夜の足音
隣人が語った。「たしかに夜中、誰かが歩く音がした。怖かったから通報しなかったけど」 結局、それは依頼者が自分の思い出と対話するために通っていた時間だった。 真実は、誰にも理解されることなく静かにそこにあった。
サトウさんの推理と決定打
最終的な証拠は、相続登記に用いられた偽造の住民票だった。 サトウさんが旧姓や記載形式の違和感に気づいたことが突破口となった。 それが登記官を動かし、全ての手続きが無効とされるに至った。
二重登記の盲点を突いた手口
亡き妻の旧姓を利用した名義移転により、家を乗っ取ろうとした者がいた。 だが、登記の記録と戸籍を照合すれば、不整合は一目瞭然だった。 「司法書士って案外、探偵より地味に強いんですよ」とサトウさんは言った。
遺産相続の裏に隠された動機
結局、家を奪おうとしていたのは、妻の遠縁にあたる人物だった。 彼は資産価値のある不動産に目をつけ、書類を偽装していたのだ。 だが、人の記憶と心までは、騙しきれなかった。
シンドウのうっかりが真相を導く
僕が誤って依頼者に送った、別件の登記事項証明書。 そこにあった名字の違いが、事件の突破口となった。 「やっぱりうっかりって、役に立つこともあるんだな」と苦笑いするしかなかった。
間違えて送った登記簿のコピーが鍵に
そのコピーには、数年前の居住者の記録が残っており、すべての偽装が露呈するきっかけとなった。 まさに“失敗が成功を呼ぶ”典型例だった。 野球部時代のサヨナラエラーを思い出した。
書き間違いが呼んだ逆転劇
名前のフリガナを入力ミスしたことで、登記官が違和感を抱いた。 そこから照会が入り、事件は動いた。 「シンドウさん、意図的にやったんじゃないですよね?」とサトウさんに突っ込まれた。
通っていた理由は誰のためだったのか
結局、依頼者が通っていたのは、記憶の中の妻に会うためだった。 間違っていても、彼にとってその家は“自分の帰る場所”だったのだ。 その想いだけが、すべての矛盾を説明していた。
そこにいたのは依頼人ではなかった
家にいたのは依頼人ではなく、偽の相続人だった。 彼は依頼人が記憶のまま動くことを利用していたのだ。 人の心の隙を突く、ずる賢い計算だった。
守ろうとしていた人の正体
依頼者が守ろうとしていたのは、過去の記憶だった。 けれど、その想いがなければ、偽装は見抜けなかったかもしれない。 「やれやれ、、、人の心って、やっぱり面倒だ」と思った。
事件の結末と依頼人のその後
家の登記は修正され、偽装は完全に白日の下に晒された。 依頼人は、妻の遺品を抱えて、今度こそ正しい家へと向かった。 残された思い出と共に、新たな場所で静かに暮らしていくという。
家を失った者と家に縛られた者
偽装していた者は起訴され、家を失った。 一方、依頼人は家を持たずとも、心に居場所を取り戻したようだった。 どちらが幸せかは、言葉にできない。
サトウさんの一言と帰り道の沈黙
「ま、司法書士も悪くない職業ですね」 サトウさんがぽつりと漏らしたその一言が、なぜかやけに心に響いた。 帰りの車内で、僕は久しぶりにラジオをつけてみた。