朝一番の不穏な電話
依頼主は不動産会社の営業マン
「今すぐ来てほしいんです、例の登記で…トラブルが…」
朝の9時を待たずしてかかってきた一本の電話。僕の平穏なコーヒータイムは、またしても打ち砕かれた。
やれやれ、、、午前中にこの手の話は胃に悪い。しかも、相手は顔なじみの若手営業マン・柿本だった。
申請書類に潜む違和感
所有権移転登記のはずがどこかおかしい
「ここがどうしても引っかかるんです」
柿本が差し出した登記原因証明情報には、所有権移転と記載されているが、売買の期日がどこかズレていた。
しかも、買主が実際に契約書に捺印した日付と登記申請日がまるで一致していない。
亡き社長の名前が消えていた
登記原因証明情報に記された謎
書類に目を通した瞬間、思わず眉をひそめた。
本来記載されるはずの売主「株式会社ヨツカワ建設」代表取締役の名前が、どこにも見当たらない。
まるで最初から存在していなかったかのように、文字だけが消えていた。
登記ミスかそれとも故意か
修正された記載に滲む作為
申請書には手書きで訂正が加えられていた。朱肉の色が微妙に薄く、慌ただしく押された訂正印が生々しい。
間違いだったと言えば済むのか?それとも誰かが意図的に何かを隠そうとしているのか?
頭の中で、サザエさんの「波平が実は別人だった」妄想回がよぎったが、笑えなかった。
「やれやれ、、、またこのパターンか」
嫌な予感が脳裏をよぎる
過去に似たような事例を扱った記憶がある。
ただの記載ミスが、実は大きな犯罪の伏線だったことがあった。
「やれやれ、、、またこのパターンか」と、思わずつぶやいていた。
サトウさんの冷静な指摘
申請日と死亡日の逆転
「先生、この方…亡くなってますよ」
サトウさんが差し出した死亡届の写しには、社長の死亡日がしっかりと記されていた。
その日付は、なんと登記申請の翌日になっていた。どう考えてもおかしい。
裏にある仮登記のトリック
時間差で成立した“生きている売買”
よく調べてみると、仮登記申請がなされていたのは社長の生前。
そして本登記がされたのが死亡後――つまり、書類上では「社長が生きていた間に売買が成立していた」ことになる。
だが実際には、死亡後に偽造された可能性が高かった。
司法書士の「確認済み」の重さ
署名押印の影に潜む闇
僕たち司法書士は、書類の正確性に対して責任を負う立場だ。
「確認済み」の印が一つあれば、それが真実として登記簿に刻まれてしまう。
その重さを、あらためて思い知る瞬間だった。
接点は一通のFAX
提出直前に送られた謎の訂正依頼
「訂正お願いします」とだけ書かれたFAXが、不動産会社の送信履歴に残っていた。
送信時刻は深夜2時。送り主は匿名で、しかも内容があいまいすぎる。
だが、この一通が“何か”を変えてしまったように感じられた。
元社員が語った真実
社長の死亡日と申請日の食い違い
「本当は、社長はもっと前に亡くなってました…」
元社員が口を開いた。なんと社内では、社長の死を数日間隠していたというのだ。
登記を間に合わせるため、架空の売買契約が進められた。すべては会社の延命のために。
警察との協働捜査
実は殺人が隠れていた
司法書士としては関与できない領域になった。
警察に資料をすべて提出し、あとは彼らの捜査を待つのみだった。
やがて、社長の死が「事故死」ではなく「他殺」である可能性が報道された。
手書きの訂正印が暴いた嘘
サインが違ったのはなぜか
押印された訂正印の筆跡を鑑定したところ、社長本人のものではないことが判明した。
筆跡鑑定士によれば、誰かが似せて書いた可能性が高いとのことだった。
サトウさんが淡々とその結果を報告したとき、僕は無言でうなずいた。
シンドウの最終判断
提出前夜に真実を突き止める
迷いながらも、僕は登記申請を差し止める決断を下した。
たとえ依頼人に嫌な顔をされようとも、間違った情報を国の帳簿に刻むわけにはいかない。
「司法書士なんて損な役回りだよな…」とつぶやきながら、机の書類を閉じた。
登記の一筆が運命を変える
小さな間違いが暴く大きな罪
結果的に、僕の一筆を拒んだことで事件は表に出た。
あの訂正印ひとつが、社長の死の真相を暴く引き金となった。
日常のルーティンに潜む“闇”――それが、今回の真犯人だったのかもしれない。