眠れる抵当権が呼び覚ました死

眠れる抵当権が呼び覚ました死

司法書士事務所の朝はコーヒーの香りから

今日も事務所にはドリップの香りが漂っていた。とはいえ、香りだけで目覚めが良くなるわけでもない。眠い目をこすりながら机に向かうと、既にサトウさんは席に座り、冷たい目でこちらを見ていた。

「遅刻、五分ですね」
無表情で淡々と放たれた一言に、僕は思わず背筋を伸ばした。こんな朝が、あと何十年も続くのかと思うと、気が遠くなる。

サトウさんの塩対応とファイルの山

デスクには昨日の続きの登記簿ファイルが山積みだった。未処理の依頼、謎の戸籍、そして今回の厄介な休眠抵当権の件。僕の顔を見るや否や、サトウさんは一枚の謄本を突きつけた。

「これ、昭和四十七年の抵当権です。抹消されていません」
うんざりしながらページをめくる。抹消登記がなされていないだけで、ここまでややこしい話になるなんて、まったく世の中は不親切だ。

封筒の中の謎の登記簿謄本

差出人不明の封筒が届いたのは、昨日の夕方だった。中に入っていたのは、築五十年のアパートの登記簿謄本。確かに古いが、それだけでは謎でもなんでもない。

問題は、そこに貼りつけられたメモだった。「この抵当権を調べて。死者の声が聞こえるから」
いたずらか、あるいは誰かの告白か。いずれにしても、僕の一日が面倒になることだけは間違いない。

古い抵当権が語る声なき警告

登記簿に記された債権者の名前を見て、僕はふと手を止めた。どこかで見覚えのある名前だったからだ。資料を掘り返し、十数年前の事件ファイルを引っ張り出す。

あった。過去に詐欺容疑で取り上げられた会社の代表だった。だが、その会社はとっくに解散し、代表も既に死亡している。

昭和の登記簿に潜む名前

昭和四十年代の抵当権。普通ならとっくに抹消されているはずのものが、何の理由か残されていた。そして、その名義人は事件に関係していた。偶然では済まされない。

だが、抹消登記がされなかったことにより、この古い抵当権は法的には今も効力を持っていた。利用された可能性はある。問題は、誰が何のためにだ。

抹消されていない理由を探る

不動産の所有者に連絡を取ると、年配の女性が出た。聞けば、以前この土地を売却しようとした際にも、謎の電話で「売るな」と脅されたという。

「土地に何かあるのでは?」
サトウさんが珍しく真顔で聞いてきた。僕はその可能性を否定しなかった。なにせ、怪しいのは人間だけとは限らない。土地だって、呪われることもある。

依頼人が語らなかったもう一つの顔

今回の相談者、アパートの新所有者である男性は、どこか様子がおかしかった。話すたびに目を泳がせ、やたらと時間を気にしていた。

彼の身辺を調べてみると、ある事実が浮かび上がる。なんと、彼はかつて債権者の部下だった人物。会社が解散した後、忽然と姿を消していた。

笑顔の裏の不自然な緊張

「昔の話ですよ」と笑っていたが、彼の笑顔はどこか引きつっていた。名義を変えずに土地を残し、抵当権を悪用する計画でも立てていたのか。

それならば、今回の登記簿の謄本は、単なるミスではない。誰かが意図的に僕に気づかせようとしたのだ。内部告発のように。

銀行の記録と一致しない履歴

銀行にも確認を取った。だが、そこには該当する借入の記録がなかった。抵当権だけが存在していて、実際の債権が存在しない。

つまり、それは「空の抵当権」。いわば、存在しない借金で他人を拘束するための仕掛け。休眠抵当権の正体は、まさにその罠だった。

サトウさんのデスクで見つけた断片

昼休み、事務所で一人コーヒーを淹れていたサトウさんが、ふと僕を呼んだ。「これ、どう思います?」そう言って差し出されたのは、手書きのメモだった。

メモには、抵当権設定の対象となった不動産の番地と、かつてそこに住んでいた人物の名前が記されていた。どうやらまだ続きがあるようだった。

走り書きされた旧住所のメモ

その住所は、既に更地になっていた。現地を訪れた僕とサトウさんは、隣人の老婆から不気味な話を聞く。「あそこはね、昔、事故があったんですよ」

事故——いや、事件だったのかもしれない。土地の履歴を追うと、過去に一度だけ不審死の記録があった。死者の名は、今回の登記簿に載っていた債権者と一致した。

なぜか開けられた登記ファイル

帰ってきた事務所で、サトウさんが首をかしげていた。「このファイル、開けました?」
否定すると、彼女の表情がわずかに険しくなった。「じゃあ、誰が触ったんでしょうね」
やれやれ、、、こんなときだけは、サザエさんのようなオチで終わってくれればどれほど楽か。

真相に近づくにつれて消える証人

元債権者の関係者に当たろうとしたが、連絡が取れる人物は次々と失踪、あるいは既に死亡していた。なにかが、この情報を消そうとしていた。

まるで怪盗キッドのように、証拠を煙のように消していく。だが、僕らは執念深い司法書士と事務員だ。法務局の資料室で、最後の断片を見つけた。

元の債権者はすでに他界

死亡診断書を見つけた。そこには、死因として「転落死」と書かれていた。事故か、自殺か、あるいは——。彼の死後すぐに、この土地の登記が放置されていた。

そこから、今日まで四十年以上。すべては一つの点で繋がっていた。悪用されたのは、登記制度の「隙間」だったのだ。

法務局が抱えるもう一つの闇

最後に、法務局の担当官がぽつりと言った。「あの頃の記録、実は一部が消えていましてね」
行政の盲点、制度の綻び、そして人の心の闇——それが重なったとき、死者の声はようやく届くのだ。

僕は資料を閉じ、サトウさんと目を合わせた。「今回の事件、解決したような、してないような…」
「司法書士にできるのは、記録を整えることだけです」
さすが、名探偵サトウさん。と、思わず心の中で敬礼した。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓