雨の日に持ち込まれた封筒
誰の住民票か分からない
事務所のガラス戸が開いたのは、しとしとと降りしきる雨の昼下がりだった。
玄関に立っていたのは、フードを深く被った中年の女性で、手には茶封筒を抱えていた。
「これ、調べてもらえませんか」──震える声とともに差し出されたその封筒には、住民票が一枚だけ入っていた。
依頼人はどこか怯えていた
女性は名乗らず、終始周囲を気にしていた。
「誰かに見られている気がして」とつぶやいたが、詳しい事情は語らない。
住民票の名前は「ヨコヤマアケミ」。だがその名前にピンとこない。戸籍附票もなければ、本籍も空欄だ。
空白のコード
住民票コードが割り振られていない
「住民票コードが未記載って、どういうことだ?」と僕は眉をしかめた。
通常、住民登録された市民には一意の住基コードが割り振られているはずだ。
それがないとなると、この人物は“存在しない住人”ということになる。
戸籍とも照合できない謎の身元
法務局の戸籍データベースとも照合したが、「ヨコヤマアケミ」という人物は見当たらない。
それどころか、同姓同名の人物すらヒットしない。
まるでこの世に生まれてすらいないような存在──そんな住民票が、なぜここに?
サトウさんの冷たい推理
住基ネットに残された足跡
「サトウさん、この住民票、見てもらえますか」
僕の声に対し、彼女は無言でパソコンに向かった。そしてすぐに画面を指差す。
「一度だけ、コードの付与履歴があります。でも取り消された形跡が」──彼女の冷静な指摘に背筋が凍った。
見えない登録と見えすぎる証拠
「これ、書類上だけで生かされてた存在なんじゃないですか」
彼女の言葉に僕は言葉を失った。登記の世界では、書類が“生きて”いれば、不動産の移転だってできる。
もしこれが偽名で作られたコード付き住民なら、悪用は容易だったはずだ。
やれやれ、、、役所仕事か
記録の誤りか意図的な抹消か
役所に問い合わせても「該当なし」と事務的な回答。融通が利かないのは毎度のことだが、今回は違和感が強すぎた。
なにかを隠している。それが「システムの都合」という言葉で覆い隠されているように思えた。
やれやれ、、、まるでサザエさんで言うところの「今日はカツオの回ね」って感じだ。
誰がコードをいじれるのか
住基ネットの管理には厳格な権限が必要だ。
それを“なかったこと”にできるのは、限られた公務員か、内部の技術者だけ。
そして調べを進めるうちに、一人の元職員の名前が浮かび上がってきた。
コードの裏に潜む陰
司法書士が知りすぎた事実
彼の名前は「イチカワ」。10年前まで市役所に勤務し、現在は失踪中。
当時、実験的に住基コードの一部を民間と連携させる事業に関わっていたという記録があった。
ヨコヤマアケミという名前は、そのとき生成された“仮想住人”の一人だった。
役所の中にいた協力者
僕とサトウさんは、役所内の知り合いから非公式に話を聞き出した。
「彼女は実在しない。でも、あの封筒はイチカワが預けたものかもしれません」
そう語ったのは、イチカワと同期だったという女性職員だった。
決着の夜と消えた住人
封筒の中にあったもう一つの名前
封筒の底には、さらに一枚、紙が隠されていた。
そこには「ワタナベマサル」の名前と、ヨコヤマアケミ名義で取得した土地の登記簿が添えられていた。
どうやら、架空名義で土地を取得し、転売していた形跡がある。
真犯人はあまりにも近くにいた
「ワタナベマサル」は、実は現在も市の職員として勤務していた。
彼はイチカワの実弟で、兄の失踪後、資料を保管していた可能性が高い。
僕たちが動き出したことを知った彼は、封筒を送ることで“白旗”を上げたのだろう。