開業前の静けさ
朝のルーチンとサトウさんの一言
夏の朝は妙に静かだ。扇風機がカタカタと首を振る音が、事務所にこだまする。コーヒーを淹れようとした私に、サトウさんがふと告げた。「シンドウ先生、今日の依頼人、なんか変ですよ」。そのひと言が、一日の平穏を終わらせた。
一通の不動産登記に違和感
依頼人は初老の男性だった。持参された書類は、地方にある古い家の所有権移転登記。だが、記載されていた前所有者の氏名に違和感があった。私の記憶が正しければ、その人はずっと前に亡くなっているはずだ。
謎の登記変更依頼
現れた依頼人と不可解な所有者欄
男性は「叔父の名義のままだったので……」と曖昧に説明したが、その口調にはどこか躊躇があった。サトウさんがさりげなく調べたところ、その叔父とされる人物は確かに昭和の終わりに死亡している。それなら、なぜ今名義を変えようと?
サトウさんの冷静な指摘
「先生、これ、登記の一部が昭和時代のままですよ」――サトウさんが静かに言った。彼女の指差す旧い筆跡は、今の登記様式と異なる。当時の手書き特有のクセが混ざっている。どうやらこれは、もっと深く掘る必要がありそうだ。
過去の登記簿を洗い直す
昭和の時代に記された転記ミス
私は法務局で過去の閉鎖登記簿を閲覧した。そこにあったのは、明らかな転記ミス。正しくはA氏名義だった土地が、誤って叔父とされるB氏に移されていた。サザエさんの家計簿のように、ごちゃごちゃとした訂正印が笑えない。
サザエさん的な家族構成の崩壊
さらに辿ると、A氏とB氏の関係が曖昧だった。実は戸籍上は無関係。B氏はA氏の遠縁を名乗っていたが、正式な親族ではない。昔ながらの「長男が全部継ぐ」文化が、混乱を招いていた。まるで昭和のホームドラマのようだった。
不自然な筆跡と消えた当事者
筆跡鑑定士の協力要請
「これ、実際の署名と違いますね」筆跡鑑定士の言葉が決定的だった。昭和の署名とされていた部分が、実は近年書かれたものと一致していたのだ。つまり、誰かが過去の筆跡を真似て登記を修正しようとしていたのだ。
まるで怪盗漫画のような登場人物
「怪盗ジョーカーもびっくりですね」とサトウさんが呟く。偽装工作、筆跡模写、そして亡き人の名義。悪質だが、どこか芝居がかっている。依頼人は、自分の不正を隠すために、過去の静けさを装ったのだ。
サトウさんの反撃開始
ネット検索で判明した意外なつながり
サトウさんはネットから、依頼人とB氏が同じ法人の登記役員だったことを突き止めた。つまり、二人は赤の他人どころか、仕事上の仲間だったのだ。これで、「叔父」の話は完全に崩れる。
犯人の動機を浮かび上がらせる
実は土地には再開発計画があった。もし正しく名義変更されれば、数千万円の売却益が出る。「それを狙ったんですね」私は低い声で言った。依頼人は黙り込んだ。サトウさんは無言で書類を片付けていた。
現地調査と古びた赤い表札
登記簿に記載された番地の矛盾
現地を訪れると、表札には「A」とあった。登記には「B」とあるのに。これは間違いなく、A氏の旧家だった。そして、裏手の蔵には大量の古文書が眠っていた。登記当時の契約書まで残っていたのは幸運だった。
元野球部の足で走るシンドウ
走った。久しぶりに本気で。証拠書類を抱えて、法務局まで一直線。元野球部の血が騒いだ。やれやれ、、、こんなに走るなんて何年ぶりだ。だが、これで依頼人の嘘を完全に崩せる。
やれやれと言いたくなる真相
意外な人物が不正登記を主導していた
調べると、今回の書類を準備していたのは、別の司法書士だった。依頼人の友人らしく、うまくごまかして登記を済ませようとしていたらしい。身内の不正ほど、腹立たしいものはない。
サトウさんの淡々とした勝利宣言
「正しい登記って、嘘つきには都合が悪いんですね」サトウさんが言った。彼女の言葉に、私も深く頷いた。やれやれ、、、もう少しで引っかかるところだった。彼女がいなければ、私は気づけなかっただろう。
登記簿の修正と依頼人の涙
新たな未来に繋がる正しい記載
訂正申請は無事に受理された。所有者欄には、本来の名義人が戻った。これで、誰かが勝手に土地を売ることはできない。依頼人は泣いていたが、それは後悔ではなく諦めに見えた。
司法書士の意地と責任
登記簿は過去と未来をつなぐ扉だ。だからこそ、いい加減な記載は許されない。私は、自分の意地でこの事件に踏み込んだ。疲れたけれど、司法書士としての仕事を果たせた気がした。
帰り道と缶コーヒー
シンドウの独り言と夕焼け
事務所への帰り道、コンビニで買った微糖コーヒーを手に歩く。西の空が赤く染まる中、私はぼそりと呟いた。「俺って、まだ走れるんだな」。そんな独り言が、少しだけ救いだった。
サトウさんの冷たいけど優しい言葉
「先生、次はもっと早く気づいてくださいね」背後からサトウさんの声が飛ぶ。口調は塩対応だが、その一言に少しだけ温かみを感じた。きっと彼女なりの労いなのだろう。
明日もまた忙しくなる予感
小さな正義を守る仕事
正義なんて大げさかもしれない。でも、目の前の登記簿を正すことで、誰かの人生を守れるなら、それが私の役目だ。サトウさんとなら、きっとまた乗り越えられる。
やれやれもうひと頑張りか
扇風機の音がまた事務所に戻ってくる。「やれやれ、、、」私は小さく呟いた。また明日も、何かが待っている気がする。司法書士の一日は、終わらない。