登記簿が告げた裏切り

登記簿が告げた裏切り

不穏な電話の始まり

「夫が名義を書き換えたはずなのに、登記が元のままなんです」と、受話器越しの声が震えていた。 旧知の依頼人の妻だった。妙な胸騒ぎがした。なぜ今になって連絡を? 不自然な空白期間、まるで時が抜け落ちたような感覚が背筋をなぞる。

依頼主は元依頼人の妻

彼女の名はヨシエ。数年前、夫と一緒に所有権移転登記の依頼に来たことがあった。 だが今回は彼女一人だった。夫は半年ほど前に亡くなったという。 その後に登記を確認したところ、彼女の名はどこにも見当たらなかったのだという。

登記簿の名義が消えた理由

登記簿を確認してみると、確かに変更はされていなかった。 申請された形跡も、補正依頼も、却下通知も何もない。まるで最初から無かったかのように。 手続きミスか、それとも意図的な何かか。疑念だけが膨らんでいく。

シンドウ事務所の朝は早い

翌朝、事務所のコーヒーメーカーの前でぼーっとしていたら、サトウさんの冷たい視線が刺さった。 「先生、書類の山、そろそろ片付けてください」 やれやれ、、、サザエさんならこの状況でも笑って流すのだろうな、なんて呑気なことを考える。

サトウさんの塩対応

彼女は今日も冷静沈着。気が利いてて仕事も早いのに、口調だけは容赦ない。 だが、今回の案件に限っては、彼女の視点が頼りになると感じていた。 実は、彼女は登記簿の数字のズレにもすぐ気づくタイプなのだ。

モテない中年の嘆きとコーヒー

冷えたコーヒーを啜りながら、ふと自分の人生の空白を考えてしまう。 恋も仕事も中途半端、ただ積み重ねた歳月だけが肩に重くのしかかる。 「元野球部」なんて肩書、今や膝の痛みを言い訳に使うだけの存在だ。

名義変更登記の謎

旧案件のファイルを掘り返すと、確かにヨシエの名義変更に関する書類が存在していた。 しかし、押印されていたのは夫の委任状のみ。妻の署名捺印欄は空白だった。 それじゃあ、登記申請できるわけがない。

通知が届かなかった真相

「通知?そんなの一度も見てません」 ヨシエの声に嘘はなかった。だが、法務局からの補正通知が出されていないことも不可解だった。 郵送記録もない。まるで手続き自体が封じ込められていたように思える。

古い地番に残る影

地番の変更履歴を確認すると、隣地との筆界変更登記が数年前にされていた。 そこにこっそりと関与していたのが、ある元同僚司法書士の名前だった。 彼の名前を見た瞬間、胃がきゅっと締め付けられた。

現地調査と雨の午後

どしゃ降りの中、件の不動産へ向かう。木造の古家はすでに半ば朽ちていた。 カギは開いておらず、窓の隙間から中を覗くだけ。誰も住んでいないようだ。 だが、ポストには最近の日付のある郵便物が残っていた。

崩れかけた家屋と鍵のない扉

古びた玄関には、不自然に新しい南京錠が取り付けられていた。 錠前のメーカーは業務用で、個人が使うにはやや不自然。 中に何かを隠しているのか、それとも誰かが住んでいるのか。

隣人の証言に揺れる真実

「半年くらい前まで、あの旦那さん来てましたよ。夜にね」 近隣の老人の証言に、再び不審が募る。亡くなったというのは本当か? 戸籍を改めて確認する必要が出てきた。

家族の断絶と名義の空白

被相続人の除籍謄本を確認したところ、死亡日は2年前になっていた。 しかし、登記簿上の動きはその後のものである。 つまり、誰かが故人を装って手続きを行っていた可能性が出てきた。

消えた息子と空の登記欄

ヨシエと夫には子供がいたが、長らく音信不通だったという。 その息子の名前が、どういうわけか地番変更の補正履歴に残っていた。 しかも委任状は、死後に作成された日付になっていた。

父の死と書類の行方

もしかすると、その息子が遺言や書類を改ざんしていたのでは? 法的には無効な手続きだが、一度通ってしまえば訂正は困難だ。 やはり、裏には司法書士の存在があった。

サトウさんの冷静な推理

「先生、これ、多分印鑑証明がすり替わってます」 冷静に指摘するサトウさん。調べると確かに、過去の印鑑証明と微妙に印影が違っていた。 それに気づくとは、まるで怪盗キッドが変装を見破られた時のようだ。

法務局の記録に潜む矛盾

法務局の閲覧記録を請求すると、死後に関係者がアクセスしていた記録が出てきた。 しかもそれは司法書士IDで行われていた。 名前を見た瞬間、あの同僚の顔が脳裏に浮かんだ。

封印された書類の謎

昔の案件ファイルの奥に、封をされたままの補正通知のコピーが出てきた。 郵送されなかった理由は、この書類が故意に事務所で止められていたからだ。 つまり、誰かがそれを「握りつぶした」。

元同僚司法書士との再会

喫茶店で再会したその男は、変わらず人の良さそうな笑顔を浮かべていた。 「まさか、バレるとはな」なんて冗談めかして言うその口調に、怒りすら湧かない。 昔の部活仲間のような、情けない苦笑が漏れた。

酒と未練と過去の登記

「金に困ってたんだよ」そう言って彼は頭を掻いた。 それでも、登記を悪用した罪は重い。 その場で録音を取り、後は法務局と警察に任せるしかなかった。

裏切りの契約書

彼が改ざんに使ったのは、実在しない遺言と無効な委任状だった。 しかも、息子に成りすました上で、母親を騙して印鑑を取っていた。 これはもう、悪質というより「犯罪」だった。

浮かび上がる遺言書の真実

本物の遺言は、公正証書として保管されていた。 それには、確かにヨシエの名が記されていた。 だが、なぜかその存在は彼女に知らされていなかった。

筆跡鑑定とタイムスタンプ

鑑定の結果、彼が用いた文書は偽造であることが判明した。 しかも、日付の電子記録が後日書き換えられた痕跡も出てきた。 これで、ヨシエの所有権が証明される材料が揃った。

書かれなかった一文

遺言の最後に、故人は「すまない」と書こうとしてやめた形跡が残っていた。 未練か、それとも息子に対する複雑な感情か。 紙一枚にも人の人生は刻まれる。

登記簿が語る最期の意思

訂正登記と相続登記を同時に進める手続きを終えた。 ヨシエは深々と頭を下げ、涙を拭った。 「これでようやく、主人と向き合えます」その言葉が胸に染みた。

隠された地役権の存在

ついでに見つけたのが、隣地との古い地役権。 これも処理しておかねば、後々トラブルになりかねない。 司法書士の仕事は、いつだって地味で面倒だ。

真の相続人は誰か

息子にも相続権はあったが、放棄する意志を示す書類が残されていた。 もしかすると、彼なりに父の遺志を理解したのかもしれない。 ただ、方法が間違っていただけで。

結末と手続の完了

事件は静かに幕を閉じた。登記簿は真実を語る。嘘は消えても、記録は残る。 サトウさんは「もう二度とこんな泥臭い事件はごめんです」とぼやいていた。 やれやれ、、、こっちだって同感だ。

それぞれの選択と和解

ヨシエは新たな生活を始め、旧友の司法書士は職を失った。 誰が悪で誰が善だったか、簡単には言えない。 ただ、真実だけが静かに刻まれた。それで、十分だった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓