登記簿の中の亡霊

登記簿の中の亡霊

登記の依頼と違和感

古い木造住宅の名義変更依頼

ある午後、ぽつんとした空き家の写真を手に、中年男性が事務所に現れた。 「この家の名義を父から私に変えたいんです」と言う彼の手には、随分と古びた固定資産税通知書が握られていた。 書類は揃っているように見えたが、どこか胸騒ぎがした。年季の入りすぎた通知書、明らかに平成初期の印字だった。

サトウさんの塩対応と一言メモ

「とりあえず、お預かりします」 サトウさんは手早く書類をまとめ、私の机にそっと置いた。そのメモには「仮登記あり 要確認」とだけ書かれていた。 うーん……仮登記? 何十年も前の物件に? そんなの、普通は抹消されているはずなのに。

調査の始まり

地元法務局で見つけた矛盾

法務局の閲覧室で登記簿をめくると、確かに仮登記が残っていた。 しかも、昭和の終わりに設定されたままの「所有権移転請求権保存仮登記」。 何かの間違いかと思い、職員に尋ねると「その登記、今も効力ありますよ」との返事。背筋が少し冷たくなった。

名義人が生きていた時期の謎

名義人は故人であるはずの依頼人の父。その登記の申請日と照らし合わせると、父親が既に死亡した後のはずだった。 登記情報と戸籍の時期が合わない。となると、誰かが死亡後に登記を申請したことになる。 でも、そんなことが可能なのか? 頭の中に、ひとつの仮説が浮かんだ。

不自然な仮登記の痕跡

抹消されていない30年前の仮登記

仮登記がそのまま残っているケース自体が異例だ。 ふつうは、正規の本登記が行われ、仮登記は消える。 それが残っているということは、「本登記」がなされなかった、あるいは、なにかを意図して止めた者がいるということだ。

元の所有者の足取り

名義人である父親は、地元では少し有名な人物だったらしい。 昔、土地の買い集めをしていたという話もあるが、詳細は不明。 近所の高齢女性が「あの家、誰も住んでなかったのよ」と呟いたのが印象的だった。

失われた相続の記録

戸籍に載らない人物

戸籍を追う中で、ある名前に行き着いた。だが、その人物の戸籍が存在しない。 まるで「誰か」が意図的に削除したような痕跡だ。 家族構成も曖昧。昔のサザエさんの“タラちゃんのいない回”を見ているような、どこか空虚な感じ。

役所で語られるもう一人の相続人

市役所の古参職員が、ぽつりと呟いた。 「昔ね、そのお父さん、別にもう一人子どもがいたって話、ありましたよ」 その一言で、状況が一気に加速する。存在しないはずの“もう一人”が、仮登記の名義に関係しているのか。

謎を解く鍵となる証言

隣人が語る不気味な噂

「夜な夜な、誰かが家に灯りをつけてたんですよ」 そう話すのは、数軒隣の古本屋の店主。 その家はずっと空き家だったはずなのに、時折、人の気配がしたという。

消えた遺言と赤い封筒

さらに、依頼人の母が遺したはずの「赤い封筒」が見つからないという話を依頼人から聞く。 その封筒には“家のことはもう一人の子に”と書かれていたらしい。 やれやれ、、、なんだか名探偵コナンみたいな話になってきた。

真犯人の影

相続手続きを妨害した人物の意図

仮登記が残っていたのは、手続きが意図的に止められていたからだ。 その原因は依頼人の父の兄、つまり叔父にあたる人物だった。 彼は本来の相続を妨げ、仮登記だけで物件を管理し、相続人を混乱させていたのだ。

仮登記の裏にある偽造の痕跡

調べていくうちに、仮登記申請書の印鑑が当時の本人のものと微妙に異なることが分かった。 専門の筆跡鑑定士に見せたところ、「これは同一人物ではない可能性が高いですね」との所見。 つまり、登記自体が偽造されたものだった。

サトウさんの推理

地味だが決定的な証拠

「この登記、郵送じゃなくて持参ですよね?でも、本人はその日、入院していた」 サトウさんの鋭い一言で、仮登記申請が物理的に不可能だったことが浮かび上がる。 登記簿には、提出時刻まで記録されていたのだ。

「これ、おかしくないですか?」の一言

その証拠を見た瞬間、私も納得せざるを得なかった。 「……確かに、おかしいな」 地味だけど、こういうところを見逃さないのが、彼女のすごいところだ。

司法書士の逆転劇

うっかりしていた登記番号の意味

私が最後に気づいたのは、登記の付番ルール。 仮登記番号が通常より早すぎる。日付は後なのに、番号は前。 つまり、日付を改ざんし、過去に戻した偽造登記だったのだ。

シンドウのひらめきと行動

「この登記、時系列がおかしい。仮登記を取り消して、正規の相続登記を進めましょう」 私は証拠一式をそろえ、法務局に訂正の申し立てを行った。 うっかり屋でも、やるときはやるのだ。

真相の開示

生前贈与と偽装相続

実は、依頼人の父は、生前にもう一人の子どもに家を贈与しようとしていた。 しかし、親族の反対で登記は宙に浮き、仮登記だけが残った。 そこへ別の親族が偽造して介入し、事態を複雑にしていたのだった。

亡霊の正体とその動機

「亡霊」とされたもう一人の子どもは、実在していたが、家族から疎まれ、戸籍から外されていた。 その存在を“なかったこと”にしたのが、今回の混乱の元だった。 登記簿に浮かぶ“亡霊”は、消された人間の無言の抗議だったのかもしれない。

解決とその後

正しい登記手続きの完了

数週間後、仮登記は無効とされ、依頼人への所有権移転が正式に完了した。 一件落着、かと思いきや、また新しい依頼が山のように机に積まれていた。 ため息まじりに、「やれやれ、、、」と口にするしかなかった。

シンドウのぼやきとサトウさんの無表情

「もっと、平和な登記だけやりたいなあ……」 私がぼやくと、サトウさんは書類をトンと机に置き、こう言った。 「次は農地法の案件です。たぶん、もっと面倒ですよ」 その顔に、笑顔はなかった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓