登記簿の下に埋まる嘘

登記簿の下に埋まる嘘

登記簿の下に埋まる嘘

朝の事務所は、まだコーヒーの香りが残る静けさに包まれていた。そんなとき、一本の電話が鳴った。受話器の向こうから、どこか慌てた声が漏れる。

「祖母の土地を相続したんですが、地目が変わっていて……これ、登記上どうなってるんでしょうか?」

サトウさんは無言でメモを取っている。僕はというと、昨夜のビールがまだ抜けきらない頭で、どこか遠い目をしていた。

朝の電話と地目変更の依頼

依頼者は三十代半ばの男性で、最近祖母を亡くしたばかりだという。彼の話では、相続登記の準備中に「田」であったはずの土地が「宅地」に変わっていたのだという。

「祖母がそんな変更をするような人じゃなかったんです」——彼の言葉には、確信にも似た不安が混じっていた。

僕の仕事は登記を確認すること。でも、匂うんだよな。この違和感。地目変更なんて、そんな簡単にされるもんじゃない。

忙しい月曜と冷たいサトウさん

「またそうやって、勘だけで動くんですね」 サトウさんの塩対応にはもう慣れている。たしかに、月曜日は忙しい。相続、会社設立、抵当権抹消……こっちの脳みそも限界だ。

でも僕の野球部時代の直感がこう囁く。「これはストレート勝負じゃない、変化球だ」と。

やれやれ、、、またやっかいな案件を引き受けちまったな。

消えた田んぼと亡くなった祖母

登記簿を確認すると、地目変更はちょうど1年前。つまり祖母がまだ生きていた頃に申請されたことになっていた。

ところが、不思議なことに、その土地の使用実態は今も「田」のままだった。誰も家を建てていないし、宅地造成もされていない。

誰が、何のために「宅地」に変えたのか?それがすべての鍵のように思えた。

測量図と地積の違和感

古い測量図と現地を照らし合わせる。地積は変わっていない。だけど、筆界が微妙にずれているような気がした。

「ここ、もしかして隣の土地と…」 僕の言葉を遮るようにサトウさんが言った。「筆界未定になってるわけじゃないんですよ、ちゃんと決まってる。でも登記されてないだけ」

まるで怪盗キッドの予告状のように、わざとずらしたような筆界。それは誰かの意図を感じさせるズレだった。

名義変更の裏に潜むもの

地目変更の申請には、所有者の印鑑と委任状が必要なはずだ。だが祖母の筆跡で書かれた書類には、どこか不自然なクセがあった。

「サトウさん、これ…筆跡鑑定できる?」 「わたし司法書士事務員であって鑑識じゃないんですけど」

でも、コピーをじっと見つめる彼女の目は鋭かった。あれは演技じゃない。彼女は何かを見抜いていた。

誰が得をしたのかを考える

「宅地にすれば相続税評価額は上がります。つまり損なんです」 そう、普通はそんなことしない。だからこそ、その変更の裏には「得をする誰か」がいたはずだ。

調べを進めると、隣接する土地の所有者が、祖母の死亡後に不動産会社に売却していた事実が出てきた。しかも売買直前に、土地の面積がわずかに拡大していた。

「つまり、地目変更に紛れて隣地との境界を動かしたってこと?」 サトウさんがぼそりと呟いた。

地目変更の申請日が語る真実

申請日は平日。だがその日、祖母は入院していたことが病院の記録から判明した。 「委任状を出せる状態じゃないですよね」 サトウさんの言葉が冷たく響く。

つまり、委任状は偽造。印鑑も偽物。そして宅地に変更されたことで、隣地の買い手にとって「魅力的な形の土地」になっていたのだ。

意図的に歪められた地目と筆界。すべては、不動産会社の利益のための小細工だった。

法務局での不自然な一枚

僕は法務局へ出向き、地目変更の添付資料を取り寄せた。案の定、委任状のコピーには黒塗りされた部分があった。

「これ、隣地所有者の名前ですね」 サトウさんが小さく呟く。そこにいたのは、祖母の介護を一時的にしていた人物。 「恩人面して、土地を喰っていたってわけか」

これは単なる地目の話じゃない。信頼の裏切りだ。

サトウさんの冷静な推理

サトウさんは、事件の全体像をホワイトボードに整理し始めた。その姿は、まるでコナンの安室透。

「隣地所有者が祖母の弱った時期を狙って偽造書類を用意。筆界をずらし、宅地に変更させることで不自然な形の土地を作り上げた」

僕は感心して口笛を吹いた。「すごいなサトウさん」 「別に、普通ですけど」 やれやれ、、、ほんと、頼りになるのか冷たいのか、わからん人だ。

隣地との境界を巡る嘘

筆界特定制度を使えば、過去の測量履歴からズレの真偽が確かめられる。僕たちは依頼人と共に申し立てをした。

結果はクロ。隣地は数十センチ侵食されていた。地目変更も無効と判断された。

遺産の消失は防がれた。依頼人の目に涙が浮かんでいた。

通帳に残された最後の引き出し

調査の途中、祖母の通帳から死亡直前に多額の引き出しがあったことも判明した。それは、隣地所有者が「介護費用」として持ち出したものだった。

けれどそれは現金。証拠は乏しく、追及も難しい。ただ、依頼人は言った。「それでも、祖母の名誉が守れただけでいい」と。

僕は、少しだけ胸が熱くなった。

亡き祖母の意志と偽られた筆界

遺産は金銭的な価値以上に、人の気持ちや信頼が詰まったものだ。そこに嘘を重ねる行為は、重罪に等しい。

僕ら司法書士の仕事は、事務的に書類を処理するだけじゃない。真実を整えることだ。

そう思える案件だった。

やれやれ、、、俺の出番か

法的手続きはすべて整え、あとは粛々と登記し直すだけ。 「じゃ、登記申請書作成、お願いしますね」 「やれやれ、、、俺の出番か」 僕はパソコンを立ち上げた。

そう、最後の一球を投げるのは、元エースである僕の役目なのだ。

それにしても、サトウさんは今日も冷たい。いや、それが一番頼もしいのかもしれない。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓