遺留分の影に笑う者

遺留分の影に笑う者

朝一番の来客は若すぎた

遺産相談にしては妙に張り詰めた空気

まだ机の上のコーヒーが冷めていない時間だった。
事務所の扉がバンと勢いよく開き、二十代前半とおぼしき青年が飛び込んできた。
「叔父が亡くなって、相続のことで相談があって……」と彼は言ったが、その目はどこか焦りとも不安ともつかない揺れを帯びていた。

「叔父の死」と突然の相続放棄

彼の話によれば、父方の叔父が先日亡くなり、遺産がいくらかあるとのこと。
だが、奇妙なのはその後だった。「自分は相続放棄をしたい」と言う。まだ内容も財産も把握していないというのに。
それに、彼は戸籍上、被相続人とどういう関係にあるのかをうまく説明できなかった。

遺言書が語らないこと

検認されたはずの一通の遺言

家庭裁判所で検認された遺言書を確認すると、そこには青年の名前は一切書かれていなかった。
すべての財産は「長年世話になった隣人」に譲ると記されていた。まるで昭和のホームドラマみたいな展開だ。
だが、封筒の中にもう一枚、日付の異なる走り書きのメモが見つかった。

法定相続の第三順位という存在

戸籍を追いかけると、被相続人には配偶者も子もいない。兄弟もすでに他界しており、残るのは甥姪のみ。
つまり青年は法定相続人ではあるが、遺言書によって全てを失っている立場だ。
だが、問題はそこではなかった。青年の戸籍情報に、ある矛盾が見つかったのだ。

登記簿と戸籍の間に隠れたもの

一枚の除籍謄本が意味すること

昭和58年に一度、青年の父親が被相続人と同一戸籍に入っていた時期があった。
だが、戸籍はすぐに分かれている。その理由は書かれていないが、追記された「養子縁組の解消」という文字が気になった。
どうやら青年の父は一度、被相続人の養子になった過去があるらしい。

被相続人の孤独な過去

市役所の職員いわく、被相続人は若い頃、商店街で独り暮らしをしていた。
その頃、経済的な理由から養子縁組を結んだが、関係がこじれて解消したという噂がある。
そんな記録の残らない過去が、今になって遺留分をめぐる謎を呼び起こしているとは、皮肉な話だった。

サトウさんが睨んだ名字の違い

「旧姓」が示す血縁の綻び

ふとサトウさんが「彼の本当の名字、母方と違いますよね」と呟いた。
戸籍の詳細を再確認すると、青年の父は一度改姓していた。つまり、血縁よりも「戸籍上の関係」が重要になってくる。
そうなると、この青年は本当に“甥”なのか?法的には第三順位に含まれるのか?

誰が本当に甥で誰が他人か

さらに調べると、青年の父は養子縁組を解消したのち、実家に戻っている。
この事実が意味するのは、青年の法的立場が非常に危ういことだ。
遺留分の主張ができるのは「現に法定相続人であること」が前提であり、彼にはそれが欠けているかもしれないのだ。

古い通帳に書かれたメモ

二百万円の意味とその使い道

古い通帳には「ユウタに渡す 二百万円」とメモされた痕跡が残っていた。
ユウタは青年の名前だった。だが、この金は遺産からではなく、すでに生前贈与として処理されていた。
もしかすると被相続人は、生前に「けじめ」をつけていたのかもしれない。

日付の矛盾が示す真実への鍵

そのメモの日付が、遺言書の作成日よりも半年も後だったことにサトウさんが気づいた。
つまり遺言書の時点ではユウタに何も残さないと決めていたが、その後心変わりをして現金だけは渡していたことになる。
遺言書を変更しなかった理由は不明だが、きっと「家族」には戻りたくなかったのだろう。

やれやれ、、、また相続ミステリーか

家庭裁判所の調停室で語られた嘘

ユウタは最終的に遺留分の減殺請求を取り下げた。
「もう十分です。叔父は、ぼくのことを思い出してくれただけで」
その言葉にサトウさんが小さくうなずいた。やれやれ、、、人の縁とは面倒なものだ。

叔父が生前に隠していた家族写真

帰り際、ユウタが封筒を取り出した。そこには古びた家族写真が入っていた。
「これ、小学生の時、初めてうちに来てくれた日の写真です」
その笑顔の後ろには、誰にも語られなかった優しさが写っていた。

最後に笑う相続人とは

遺留分を主張しなかった理由

ユウタは最後まで裁判所の場では強く主張しなかった。
「争っても意味ないですから」と笑ったが、それは遺産のためではなく、過去との決別だったのだろう。
心の整理がついたのは、たぶんメモに書かれた「ユウタ」の文字だけで十分だったのだ。

サトウさんの言葉が決め手となった日

「相続って、損得じゃなくて、“関係”の清算なんですよ」
サトウさんの一言に、僕はただうなずくしかなかった。
法律を超えた何かが、今日のこの結末を導いたのだと、信じたかった。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓