ある朝届いた一通の封筒
朝のコーヒーを一口啜ったところで、事務所のポストに投函された厚手の封筒に気づいた。差出人の名前は無記名。封を開けると、見覚えのない相続関係説明図が一枚、折り畳まれていた。名前はあるが、いずれも私の顧客ではない。にもかかわらず、最後に「至急調査を」とだけ赤字で書かれている。
差出人不明の相続関係説明図
書式は法務局で使われる正式なものに似ていたが、どこか古びた字体とズレたレイアウトが不自然だった。まるで誰かが真似て作った模倣品のような仕上がりだ。だが、一つ一つの名前は不思議と実在する人物だった。私は椅子に深く座り直し、少しだけ背筋が冷えるのを感じた。
見覚えのない登記名義人
さっそく登記簿謄本を取り寄せてみると、その相続関係図にあった名義人の名前がぴたりと一致していた。ただし、奇妙なことに、名義人はすでに15年前に亡くなっているはずなのに、去年の時点で相続登記が行われていた。こんな矛盾は普通あり得ない。
被相続人は本当に亡くなっているのか
戸籍をたどると、確かに死亡届は提出されていた。しかし、その後も「生存証明書」の交付記録が役所に残っていた。つまり――誰かが、死んだはずの人間になりすましている。誰が、何のために。カツオがフネさんの印鑑を借りて小遣いを増やしたエピソードを思い出したが、これは笑えない。
古い家屋と未登記の現実
現地を訪れてみると、家屋はまだ存在していた。だが、表札は塗りつぶされ、誰も住んでいる気配はなかった。隣人に話を聞くと「たしか去年まで男の人がいたよ」と言う。死んだ人間が住んでいた? あるいは誰かが、彼の名前を使っていたのか。
昭和の謄本に隠された改ざん
法務局の古い帳簿を閲覧していると、昭和55年の登記簿に、鉛筆でなぞられたような箇所を見つけた。さらに拡大コピーしてみると、明らかに消した跡と、上書きされた日付。そこには、いまの「名義人」が登記された直前、別の人物の名前がかすれて残っていた。
サトウさんの鋭い推理
「これ、パソコンで打った書類を一度印刷して、またスキャンして作ってますね」 横からサトウさんが無表情に言った。指で示した部分のドットが不自然に滲んでいる。私が一晩かけて悩んだ証拠を、彼女は3秒で見抜いた。やれやれ、、、相変わらず頭の回転が早すぎる。
遺言書の筆跡は誰のものか
遺言書も見つかった。だが、筆跡鑑定にかけてみると、故人のものではなく、現在の名義人のそれと一致した。つまり、遺言書そのものが偽造であり、登記を正当化するための“証拠”として作られたということになる。
登記済証の行方
問題の名義変更時に必要な登記済証(権利証)は提出されていなかった。代わりに「事実上の本人確認書類」として提示されたのが、民間団体が発行した奇妙な身分証。よく見れば、有効期限が手書きで修正されていた。そんなものが通るのか――いや、通ったという事実こそが恐ろしい。
司法書士の名前を騙る人物
添付されていた書類の中に、私と同じ「シンドウ」という名字の司法書士の名前があった。だが、私ではない。検索しても出てこない。存在しない司法書士が名義変更に関わっていた――まるで怪盗キッドが警察手帳を偽造するかのような荒業だ。
真夜中の法務局前
夜、法務局の前を通ると、誰かが掲示板の前で書類を見ていた。私は車を停め、遠巻きに見つめた。その人物がこちらに気づき、走り去ろうとしたが、道路の段差で足を取られて転倒。私が駆け寄ると、顔は――名義人の息子だった。
防犯カメラが捉えた影
法務局の監視カメラ映像を取り寄せると、数週間前に無断で書類を確認していた姿が映っていた。息子は、父の死後、不正に登記を行い、家を売却しようとしていた。だが買主からの問い合わせでボロが出て、慌てて証拠隠滅を図っていたのだ。
かすれた印鑑証明
提出されていた印鑑証明書も、役所に確認すると不正に取得されたものだった。第三者の印鑑を偽造し、父親の名で動産・不動産の名義変更を行っていた。完全な犯罪行為だが、登記の世界では紙一枚がすべてを決めてしまう。
偽造された委任状の謎
委任状も偽造されたものだった。筆跡、印影、すべてが一致しない。だが書式は完璧。まるで一級の偽造職人が作り上げたかのような精度だった。まるで「ルパン三世」が忍ばせた偽パスポートのように、完璧な偽装だった。
やれやれのその先に
息子は逮捕され、登記は抹消手続きへと進んだ。私は、依頼人でもなかった誰かの家をめぐる事件の結末を見届けた形だ。やれやれ、、、また無報酬で一仕事か。サトウさんに軽く睨まれながら、私はデスクに戻った。
すべての点と線がつながる
一枚の偽造書類から始まった連鎖は、実は5年前から始まっていた。相続をめぐる欲望と焦りが、人の倫理を削っていく。今回のような事例は氷山の一角だ。司法書士として、私はまだまだ“線”を追い続けなければならないらしい。
継承されるのは土地か罪か
最後に残された家は、誰にも相続されず、国庫帰属となった。父の土地をめぐって犯した罪は、子に返る。土地は人を豊かにもするが、貪欲にもさせる。登記簿に名前を載せることの重み――それを、あらためて思い知る事件だった。
真実を明かす最後の押印
最後の書類に押された印鑑は、確かに私が確認した。偽りのない意思を込めて、不正の抹消登記を終える。静かにペンを置きながら、私はつぶやく。「さて、次はどんな依頼が転がり込んでくるのやら」。