朝の静寂に響いた一報
朝の事務所に、電子レンジの「チン」とサトウさんの無感情な「電話です」という声が重なった。眠気と格闘していた私は、コーヒーをこぼしながら受話器を取った。相手は、中年の女性で、亡くなった父の名義になっている土地を見てほしいという。
サトウさんの冷たい声と着信音
「また面倒な話ですか」とサトウさんがつぶやく。音もなく机の上にファイルを置くその仕草が、なぜかサザエさんのカツオが宿題を忘れた瞬間のように見えた。やれやれ、、、今日も長い一日になりそうだ。
依頼者の名は忘れられた人物だった
ファイルに記された依頼者の姓に、かすかな記憶がよみがえる。あの町の地主だった人物の娘らしい。だが、父親が亡くなったのは十年以上前のはずだ。今ごろになって何を?
古びた登記簿の記録
法務局で登記簿を確認すると、確かに父親の名義のままだった。しかし、それ以上に気になるのは、数年前に何度か名義変更が申請されていた痕跡があることだった。なぜ完了していないのか。
シンドウの眠気と過去の因縁
ページをめくる手が止まった。依頼者の父親の名を見て、記憶が鮮明になる。かつて私がまだ駆け出しだった頃、名義人が不審な土地売買に関わっていたと噂されたことがあった。あの頃は証拠もなく、ただの噂として流れた。
登記原因の記載が意味するもの
登記簿には「贈与」と記されていたが、申請書類は却下された形跡がある。理由は、添付された委任状の不備だ。しかし、その委任状のコピーを見ると、筆跡に違和感があった。何かが引っかかる。
不可解な名義変更
なぜ、不備があるにも関わらず何度も申請されているのか。それに、住所が転々としている。これはただのミスではなく、意図的なものかもしれない。
名義人は既に死亡していた
住民票除票を確認すると、名義人は確かに十年前に死亡していた。では、なぜ五年前に本人名義で申請があったのか。死亡後の申請であるなら、それは明確な虚偽記載だ。
申請書に残る奇妙な筆跡
筆跡をスキャンし、過去の遺言書や委任状と照らし合わせる。微妙に違う、しかし他人とは言い切れない。まるで本人の筆跡を模写したような、不自然な整い方だ。
役所の沈黙と住民の証言
町役場に電話をすると、予想通り情報開示には応じてもらえなかった。ただ、裏口で煙草を吸っていた職員がぽろりと口を滑らせた。「ああ、あの家の人、誰か住んでたよ。最近まで」
町内の噂と消えた兄弟
地元の古い不動産屋に聞くと、「名義人には弟がいた」という話が出てきた。音信不通になったらしいが、もしかしてその弟が父の死後、土地を不正に扱っていたのではないか。
戸籍の附票が語る旅路
附票を辿ると、弟は数年間、複数の都市を転々としていた記録が残っていた。すべての住所が不動産売買に絡んでいたエリアだったことに気づいたとき、私は背筋が冷えた。
廃屋に残された遺留品
依頼者と共に、登記された土地に建つ空き家を訪れる。玄関の鍵は錆びつき、靴の跡は古びている。それでも、内部には生活の痕跡がわずかに残っていた。
古い印鑑と手紙の束
押し入れから見つかったのは、古びた印鑑と、茶色く変色した封筒だった。中には数通の手紙と、未提出の申請書類が入っていた。差出人は名義人の弟だった。
写真に写る知らない顔
封筒の中の写真には、兄と並んで写る男がいた。弟とは思えぬほど風貌が違いすぎる。だが、裏に書かれた名前は間違いなく「〇〇〇」——弟の名前だった。
登記簿の空白が示すもの
何年も前から計画されていた土地の名義移転。だが、それは弟が兄になりすまして行われたものだったのだ。法の網をすり抜けようとした巧妙な工作だった。
空白の5年間と転売の記録
この5年間、土地は形式上は所有者不明の状態が続いていた。しかし実際は裏で複数の売買契約が水面下で行われ、利益がどこかに流れていた。
シンドウの違和感と推理
最初に感じた筆跡の違和感、それがすべての始まりだった。シンドウのカンは、今回も的中した。いや、もしかすると今回は運が良かっただけかもしれない。
不動産屋の証言と契約書
不動産屋の事務所を訪ねると、顔を引きつらせた所長が渋々と帳簿を差し出した。その中に、委任状の写しが残っていた。そこにあった名前は——すでに死亡した兄のものだった。
偽造された委任状の存在
筆跡鑑定の結果は「他人による模写の可能性が高い」。これが決定打となった。弟は兄になりすまし、相続を偽り、土地を操作していたのである。
筆跡鑑定で浮かび上がる犯人
犯人はまさしく弟だった。身分証明書も偽造、さらには印鑑登録も兄の名で行われていた。完璧に思えた計画も、紙一枚の“癖”によって崩れ去った。
犯人の告白と過去の重さ
警察に連行された弟は、取り調べであっさりと罪を認めた。彼の口から語られたのは、兄との確執と、土地にまつわる遺産争いだった。哀しみが滲む声だった。
相続をめぐる家族の崩壊
「兄は家族を守った。俺は、それに嫉妬した」——そう言って、弟は静かにうつむいた。正義感の強すぎた兄と、それに届かなかった弟。崩壊の理由は、ただそれだけだった。
隠された動機と涙の理由
弟の動機は金ではなかった。兄への劣等感と、親からの扱われ方。それが積もりに積もって、ついに境界線を越えてしまったのだ。
静かな結末と土地の行方
土地は無事に依頼者である娘へと相続された。すべての手続きを終え、事務所に戻った私は、コーヒーの香りにほっと息をついた。
和解か告訴か判断の分かれ道
依頼者は、弟を告訴しないという。理由は、父が生前に「弟を見捨てないでくれ」と遺言していたからだ。法と情の狭間で、彼女は情を選んだ。
シンドウのひとり言とサトウさんの冷ややかさ
「家族って、ややこしいですね」と私がつぶやくと、サトウさんは無表情で「どこの家庭もそうでしょう」と返す。やれやれ、、、今日も相変わらずだ。
やれやれ、、、また一件落着か
書類の山にうんざりしつつも、どこか達成感のある午後。あのカツオのように怒られずに済んだ日曜の気分だ。私は机に肘をつきながら、ひとつ大きなあくびをした。
今日もこぼれるため息とコーヒーの香り
冷めかけたコーヒーに砂糖を一匙。窓の外ではセミが鳴いている。事件は終わった。それでも、次の依頼の電話はもう鳴り始めていた。