登記された裏切り
不穏な相談
友情から始まった共有名義
月曜の朝、書類の山とため息が混ざる事務所に、珍しく怒気を含んだ男の声が響いた。
「お前は裏切ったんだよ、タカシ!」
サトウさんが一瞬だけ視線を上げて、すぐにキーボードに戻る。
事務所に響いた怒声
相談にやってきたのは、中学の同級生だった二人の男。かつての親友が、今では敷地権をめぐって敵同士になっていた。
土地を共有名義で購入し、それぞれ家を建てるはずだったが、いつの間にか登記内容が変わっていたという。
「まるでサザエさんのカツオが、波平さん名義の土地に勝手に小屋でも建てたような話だな」と、心の中でつぶやいた。
依頼人はかつての親友
土地をめぐる微妙な距離感
依頼人の一人、ヨシオは声を震わせて語った。「あいつとは一緒にキャンプもしたし、家族ぐるみの付き合いだったんです。信じてたんです」
土地は二人の名字で共有名義になっていたが、境界のブロック塀をめぐって揉め始めたという。
「これ、友情じゃなくて戦争ですね」とサトウさんが冷たく言い放つ。
名義と感情の分岐点
登記簿謄本を確認すると、ある時点から土地の一部が単独名義に変更されていた。
共有部分を勝手に売却し、自分の妻名義に変更していたのだ。
司法書士としてはよくある話だが、友情が壊れていく過程を見るのはやっぱりつらい。
不一致の登記簿
サトウさんの冷静な指摘
「これ、添付書類の日付と登記の完了日がズレてますね」
サトウさんが目ざとく見つけたミスに、私は内心でガッツポーズをした。
こういう小さな違和感から、真実は姿を見せる。
書類に潜んだ改ざんの痕跡
委任状には、依頼人のサインがあるはずだった。だが筆跡を見比べると、微妙に違っている。
「まさか…タカシが偽造したのか?」とヨシオが唇を噛む。
やれやれ、、、これは単なる土地トラブルじゃ済まなさそうだ。
交錯する証言
隣人が語った真夜中の工事
隣家の奥さんが語った。「夜中にコソコソと測量してる声がして、工事の人が来たのよ。あれ、おかしいと思ったのよね」
無断で境界を変更し、事実上の独占使用が進められていた可能性が出てきた。
サトウさんがメモを取りながら頷いている。きっと、私よりもずっと頭の中が整理されているのだろう。
第三者の仮登記
さらに登記情報を洗っていくと、見慣れない名前での仮登記が見つかった。
「これ、奥さんの旧姓ですよ」とサトウさんがポツリ。
うっかりしていた。完全に見落としていた。でもこれで点と点がつながる。
土地に眠る秘密
未登記建物の存在
その土地には、小さな倉庫のような建物が建っていた。だが、どの書類にも記載がない。
未登記建物は所有権の主張の盲点となる。これは…トラップだ。
まるでルパン三世が仕掛けるダミーの金庫のように。
解体通知と登記済証の矛盾
役所からの解体通知書と、登記簿上の建物は一致しなかった。
誰かが故意に古い建物の情報を残して、そこに新しいものを建てていたのだ。
友情を隠れ蓑にして、土地を手に入れるという計画だったのだろう。
友情は金で買えるのか
書き換えられた委任状
筆跡鑑定の結果が出た。委任状のサインは、やはりタカシの手によるものだった。
「土地の価値が上がったから、あいつ、急に態度が変わったんです」とヨシオが俯く。
人の心ってのは登記できないものだな、と苦い気持ちになる。
やれやれ、、、また泥沼か
人は簡単に信じられないし、信じすぎると裏切られる。
やれやれ、、、まったく司法書士の仕事ってのは、心の砂利道を歩いてるみたいだ。
「でも、だからこそ真実が見えるんですよ」とサトウさん。いつか彼女に救われる日が来るのかもしれない。
真相のピース
旧登記簿の写しが語る事実
古い登記簿の写しを確認すると、土地の分筆申請はヨシオの同意なしに進められていたことが判明。
形式上は合法に見えるが、その実態は明らかな不正行為だった。
「これ、刑事事件にしますか?」と問いかけると、ヨシオは無言で頷いた。
それぞれの動機と嘘
タカシは黙秘を貫いたが、資料がすべてを物語っていた。
友と呼んでいた相手を裏切ってまで、欲しかったものが土地だったのか。
いや、それはきっと、見栄やプライドの延長だったのだろう。
崩れゆく信頼
追い詰められた依頼人
調査報告を提出すると、ヨシオは静かに礼を言って帰っていった。
背中には、どこか諦めと解放が入り混じっていた。
友情の終わりとは、こんなにも静かなものなのかもしれない。
友情の終わりにある言葉
後日、タカシから届いた一通の手紙。「すまなかった」ただ、それだけだった。
登記簿に残る名前は変えられても、失った信頼は戻らない。
書面に残らない記憶こそ、本当の財産だったのだ。
司法書士としてのけじめ
事件としての幕引き
警察に提出した書類は受理され、事件として捜査が始まった。
私は関係書類をファイルに綴じ、静かに引き出しにしまった。
登記という制度の中に、人の営みが見える。そういう仕事だ。
土地より大切なもの
土地は動かないが、人の心は動いてしまう。
登記簿に載らない約束を、どこで守ればいいのか。
その答えはまだ、見つからない。
そして日常へ
サトウさんの無言の優しさ
コーヒーの香りが立ち上る。サトウさんが無言でカップを置いてくれた。
「苦いですよ」とだけ言って、戻っていった背中が、やけに頼もしく見えた。
やれやれ、、、この事務所だけは、信じていい場所であってほしい。
やれやれ、、、コーヒーでも淹れるか
椅子に深く腰を下ろし、窓の外を見る。今日も事件は終わらない。
だけど、それでも一息つこう。
やれやれ、、、コーヒーでも淹れるか。