登記簿が暴いた沈黙の裏

登記簿が暴いた沈黙の裏

登記簿が暴いた沈黙の裏

忙しすぎる午前十時の事務所

コーヒーを淹れる間もない朝。電話は鳴りっぱなし、来客予定は三件、しかも一件は相続登記で揉めている。 いつも通りといえばいつも通りだが、今日は特別に「やれやれ、、、」の気分が強い。 その理由は、サトウさんの「この登記簿、ちょっとおかしいですよ」の一言にあった。

古びた名義に潜む違和感

確認した登記簿の名義人は、二十年以上前に亡くなったはずの人物だった。 なのに数か月前に「所有権移転」の履歴がある。そんなはずはない。 「もしかして、、、これは生きてるパターンですか?」とサトウさんが言った。

サトウさんの一言から始まった

「生きてるパターン」なんて、まるで怪奇探偵漫画の一場面だ。 だが、妙に引っかかる。登記が動いた日付と、その直後の固定資産税の変更通知のタイミングが一致している。 これは偶然ではなさそうだ、と俺の中の探偵魂(元野球部魂の変異種)がむくりと目覚めた。

亡き所有者の謎の動き

市役所で固定資産税の情報を確認すると、やはり「相続登記完了」として扱われていた。 だが、相続人として登記されたのは、亡くなった人物の弟の娘、つまり姪だった。 俺は昔どこかで見た『名探偵コ○ン』の「遺産争い殺人事件」をふと思い出した。

誰が書いたのか不明な委任状

提出された委任状には本人の署名と印鑑があった。だが筆跡が妙に新しい。 紙の質も妙に新しく、逆に不自然に見える。まるで、最近作られたような気配がした。 「サザエさんでいうとマスオさんが波平さんのハンコ勝手に押してるレベルですよね」とサトウさん。

証拠を握る司法書士の直感

「直感」という言葉は、根拠があるようでないが、長年の実務の中で積み重ねた経験が根底にある。 この登記は、何かを隠すために急いで処理された——そんな臭いがプンプンした。 相続関係説明図も見当たらず、提出された書類の原本還付も妙に雑だった。

元野球部の記憶が導いた糸口

俺が現役だった頃、捕球ミスを繰り返していた仲間が「違和感」の正体を見抜く嗅覚を持っていた。 その記憶が脳裏をよぎる。「この住所、何か変だ」。 登記簿の筆頭者住所と、印鑑証明書の住所が一文字だけ違っていたのだ。

サザエさん的ご近所トラブルの真相

現地調査を行うと、空き家だったその物件には近所の人が何度も出入りしていた。 話を聞くと、「あの家は姪っ子さんが勝手に片付けて売るって言ってた」との証言が出てきた。 近所付き合いが深かった分、逆に「おかしい」と気づく人が多かったのだ。

登記簿の間違いか人間の嘘か

登記の内容自体は形式的には整っている。 だが、元の名義人の死亡の事実を無視した手続きがあったとなれば、これは不実記載。 しかも、売却前提で動いているならば、詐欺まがいの可能性も出てくる。

行政書士とのにらみ合い

提出書類に関わっていた行政書士に連絡を取ると、妙に話をはぐらかされた。 「いやぁ、依頼人がちゃんと用意したものでして、、、」と語尾を濁す。 「じゃあ、その依頼人って本当に相続人ですか?」という質問に、沈黙が返ってきた。

やれやれと呟いた静かな覚悟

法務局に登記の訂正申し出と、関係者への通知を提出した帰り道。 「やれやれ、、、また面倒な仕事になったな」とつぶやきながら、缶コーヒーを開けた。 でもそれが、俺たち司法書士の役目なんだろうと、自分に言い聞かせた。

真犯人は登記簿の外にいた

結局、姪の背後にいたのは、登記を急がせた不動産業者だった。 空き家特措法の施行前に物件を転売したかったらしく、偽造に手を染めていた。 司法書士にとっては、書類の奥にある「動機」を読むのが一番の仕事なのかもしれない。

最後に一言だけサトウさんが笑った

「ほら、やっぱり怪しいって言ったじゃないですか」 めったに笑わないサトウさんが、少しだけ口角を上げて言った。 俺はその笑顔を見て、ようやく一息ついた気がした。

新しい名義に変わった空き家

手続きを経て、正しい相続人に名義が戻された。 空き家は取り壊され、今は小さな公園が整備されているという。 「人がいなくなった家には、人の想いも残っている」、そんな言葉が浮かんだ。

疲れた背中と次の依頼の電話

事務所に戻ると、すぐに電話が鳴った。 「今度は離婚後の財産分与ですって」とサトウさんが淡々と伝える。 俺は深くため息をついて立ち上がった。「やれやれ、、、次の事件か」。

しがない司法書士
shindo

地方の中規模都市で、こぢんまりと司法書士事務所を営んでいます。
日々、相続登記や不動産登記、会社設立手続きなど、
誰かの人生の節目にそっと関わる仕事をしています。

世間的には「先生」と呼ばれたりしますが、現実は書類と電話とプレッシャーに追われ、あっという間に終わる日々の連続。





私が独立の時からお世話になっている会社さんです↓